【試し読み】宮部みゆき最新作『猫の刻参り』⑤

宮部みゆき最新作『猫の刻参り』、新潮文庫版『小暮写眞館』刊行記念特集

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装画 こより
装画 こより

1987年の作家デビュー以来、華々しい受賞歴を誇り、時代を切り取る鋭い視線で大ベストセラーを放ち続けている宮部みゆきさんの新作小説『ねこ刻参こくまいり』が、2月19日に新潮社から刊行されました。
三島屋変調百物語みしまやへんちょうひゃくものがたり」シリーズの主人公は、江戸は三島屋の次男坊富次郎とみじろう。変わり百物語の二代目聞き手として、客人の数奇な身の上話(変わり百物語)を聞き捨てて、一枚絵に描いています。今回の変わり百物語に登場するのは、お馴染みの化生のもの、化け猫、河童、山姥です。
物語は、富次郎が父・伊兵衛いへえに絵師になりたいと告げる場面から始まります。父からの条件は、変わり百物語を続けながらお店の仕事を手伝うこと。当惑しつつ絵の蟷螂とうろう師匠に相談すると、さらに困難な課題を出されてしまい…。
第1話「猫の刻参り」の冒頭、絵師修業と書き手を両立し始めたばかりの富次郎の元に語り手が現れる場面から百物語の主人公おぶんが可愛がっていた猫・シマっことの辛い別れまでを10日間連続で特別公開。

死の淵を覗き、絶望の闇の底に蹴り落とされたおぶんと彼女を支えた猫たち。三島屋の日常と猫好き号泣の百物語の世界、両方をご堪能ください。

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「それについては、柳川村に行く話が出たときに、父親から、事前に言われていたんだそうでございます」
 ―おぶん、おまえは確か、猫は嫌いじゃなかったよね。
 黒白の間で語るおふみは、すっかり寛いだ様子になり、肩から力が抜けている。富次郎も心をほどいて話に耳を傾ける。
「祖母は猫嫌いどころか、むしろ猫好きの方だったそうで」
 ―猫の世話ぐらい、いくらでもします。
「うるさい押しかけ仲人から逃げられて、可愛い猫と暮らせるなんて、こんな楽しいことはない。喜んで参りますと、まあ、柳川村に行ったわけなんでございますけどね」
 そこで、お文は堪えきれぬように噴き出して、明るく言った。
「いざ行ってみたら、思っていた以上だったのだそうで」
 隠居所の建物は平屋で、曲尺かねじゃくの形をしていた。陽当たりのいい南側に長い縁側があり、生け垣や板塀などの仕切りもなく庭が広がっていて、そのまま外と往来する小道に通じている。
 建物の北、東、西側には防風林が植えられており、町なか育ちのおぶんは、女中のおひでにいちいち教えてもらった。これがにれ、こっちはしいの木で、こっちはけやき。お嬢さんも松はご存じでしょう。あのこぶだらけの古木は紅梅だから、咲くときれいですよ。井戸は北側の林のなかにあります。水道井戸じゃなく掘り抜きですから、落ちたら大変なことになりますからね。うっかり水汲みをなさろうなんて思わないでください
 そういう建物の内、外、まわり、茅葺き屋根の上、縁側の下、庭のそこここ、防風林のなか、土間、台所の梁の上、棚の奥、水屋の上、水瓶の蓋の上、納戸の布団袋の陰。お秀が「落ちたら大変」と戒めてくれた掘り抜き井戸の丸石を積み上げた縁はおろか、滑車を吊している仕掛けの上にまで。
 ともかく、ありとあらゆる場所に、猫がいるのだった。
 何匹いるのか、数え切れない。というか、数えるどころではない。群れだった。色も柄も身体の大きさも目の色も尻尾の長さもとりどりで、おぶんを見てぷいと逃げ出す奴もいれば、知らん顔で居眠りを続ける奴もいる。にゃあと鳴いて寄ってくる奴もいれば、シャアと牙をむいて威嚇する奴もいる。
 最初の数日は、ただただ目を回しているばっかりで、お秀に言われるまま、猫たちに賄いをしてやるだけで精一杯だった。
 毎朝、本家の下男の伊三いぞうが桶にいっぱいの小魚を持ってきてくれるので、それをさばいて、残った冷やご飯に鰹節や味噌汁の実の残ったのを混ぜて、猫まんまにする。
 猫たちの餌を置く場所は何ヵ所か決めてあったので、器もその分だけ用意する。きれいな水も器に汲んで、あちこちに配しておかなければならない。