【試し読み】宮部みゆき最新作『猫の刻参り』⑥
宮部みゆき最新作『猫の刻参り』、新潮文庫版『小暮写眞館』刊行記念特集
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1987年の作家デビュー以来、華々しい受賞歴を誇り、時代を切り取る鋭い視線で大ベストセラーを放ち続けている宮部みゆきさんの新作小説『猫の刻参り』が、2月19日に新潮社から刊行されました。
「三島屋変調百物語」シリーズの主人公は、江戸は三島屋の次男坊富次郎。変わり百物語の二代目聞き手として、客人の数奇な身の上話(変わり百物語)を聞き捨てて、一枚絵に描いています。今回の変わり百物語に登場するのは、お馴染みの化生のもの、化け猫、河童、山姥です。
物語は、富次郎が父・伊兵衛に絵師になりたいと告げる場面から始まります。父からの条件は、変わり百物語を続けながらお店の仕事を手伝うこと。当惑しつつ絵の蟷螂師匠に相談すると、さらに困難な課題を出されてしまい……。
第1話「猫の刻参り」の冒頭、絵師修業と書き手を両立し始めたばかりの富次郎の元に語り手が現れる場面から百物語の主人公おぶんが可愛がっていた猫・シマっことの辛い別れまでを10日間連続で特別公開。
死の淵を覗き、絶望の闇の底に蹴り落とされたおぶんと彼女を支えた猫たち。三島屋の日常と猫好き号泣の百物語の世界、両方をご堪能ください。
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お秀と二人でこまめに陽にあてて、充分にふくらませておいた綿入れやかい巻きが役に立つ。町なかよりはだいぶん冷える柳川村の暮らしを温めてくれる。
「それにしたって、今朝は寒いわ」
朝餉の後片付けを終え、勝手口の戸を少しだけ開けて、空模様を仰ぎながら、おぶんはそう口にした。まわりには誰もいないから、独り言だった。
なのに、それに応じる声があった。
「ホントだねえ。この雲の案配じゃあ、半刻もしないうちに、雪が降ってくるよ」
寒いわの「わ」の口の形のまま、おぶんはその場で固まった。
今の、誰の声だ?
お秀はご隠居さんたちと囲炉裏端にいる。伊三はついさっき来て、薪拾いに出かけた。戻ったら薪割りをするから、裏庭の薪割り台のまわりから猫どもを追っ払っておいてくれと頼まれたばっかりだ。伊三さんは猫嫌いなんだよね。猫が怖いんだって。だって化生のものだぞ、おぶんちゃんはよく平気だなあって。可笑しいったらありゃしない。
「おぶんちゃんは、お正月までこの家にいるの?」
さっきと同じ声が、そう問いかけてきた。口を開けっぱなしのまま、しかし今度は声の源がどこだか見当がついて、おぶんはさっと勝手口から身体を出すと、雨除けの庇を仰いだ。
縁がぼろぼろになり、苔がついた板張りの庇の上に、小さな猫がちょこんと座っている。
まん丸な瞳は青みを帯びており、身体は濃いめの灰色、耳の縁と鼻先は桃の花の色で、お腹の毛は真っ白だ。右前脚の真ん中へんに、輪っかを二つはめたみたいな黒い縞がぐるりとついている。
お秀がこれを見て、「まるで島帰りの刺青みたいだわね」と言ったのがきっかけで、この子は「シマっこ」という名前になった。
子猫ではないが、身体が小さくて華奢なので、「こ」を付けるとぴったりだ。賢い子で、おぶんが「シマっこ」と呼びかけるとすぐに覚えて、なつっこく寄ってくるようになった。
開けっぱなしだった口をどうにかこうにか閉じて、一つ息をすると、おぶんはシマっこに問いかけた。
「……今、しゃべった?」


