【試し読み】宮部みゆき最新作『猫の刻参り』⑦

宮部みゆき最新作『猫の刻参り』、新潮文庫版『小暮写眞館』刊行記念特集

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装画 こより
装画 こより

1987年の作家デビュー以来、華々しい受賞歴を誇り、時代を切り取る鋭い視線で大ベストセラーを放ち続けている宮部みゆきさんの新作小説『ねこ刻参こくまいり』が、2月19日に新潮社から刊行されました。
三島屋変調百物語みしまやへんちょうひゃくものがたり」シリーズの主人公は、江戸は三島屋の次男坊富次郎とみじろう。変わり百物語の二代目聞き手として、客人の数奇な身の上話(変わり百物語)を聞き捨てて、一枚絵に描いています。今回の変わり百物語に登場するのは、お馴染みの化生のもの、化け猫、河童、山姥です。
物語は、富次郎が父・伊兵衛いへえに絵師になりたいと告げる場面から始まります。父からの条件は、変わり百物語を続けながらお店の仕事を手伝うこと。当惑しつつ絵の蟷螂とうろう師匠に相談すると、さらに困難な課題を出されてしまい…。
第1話「猫の刻参り」の冒頭、絵師修業と書き手を両立し始めたばかりの富次郎の元に語り手が現れる場面から百物語の主人公おぶんが可愛がっていた猫・シマっことの辛い別れまでを10日間連続で特別公開。

死の淵を覗き、絶望の闇の底に蹴り落とされたおぶんと彼女を支えた猫たち。三島屋の日常と猫好き号泣の百物語の世界、両方をご堪能ください。

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 それからは、これといって変わったこともなく日々が過ぎた。シマっこを含め、猫たちはあくまでも猫たちで、餌をねだり、そこらじゅうに毛をまき散らし、にゃあにゃあ鳴き、日向に集まってごろ寝をしているだけで、おぶんに話しかけてくる子はいなかった。
 ―これは、神妙に待ってろってことね。
 老人の暮らしに、寒気は大敵だ。隠居夫婦が少しでもこの冬をしのぎやすくなるように、お秀と伊三を手伝い、いろいろ教わりながら、おぶんはきりきり立ち働いた。
 そうして、柳川村に何度目かの雪が舞い、洗濯場に立てかけてある洗い桶がぱりんぱりんの氷に包まれ、台所のかまどの火を落としてしまえば煙抜きの縁にさえ微小な氷柱つららが下がる、そんな冷え込む夜半のことだった。お秀と並んで床に就き、うつらうつらとするうちに、おぶんは聞き慣れぬ鐘の音を耳にした。
 時の鐘ではない。柳川村では、浅草寺の鐘が鳴るのを受けて、日照寺にっしょうじという小さな念仏寺が村人たちのために時の鐘を打ってくれる。浅草寺の鐘の音も遠くから聞こえてくるし、ちょっと遅れて日照寺の鐘の音が続くわけだが、後者のはやや甲高く、一打ちと一打ちのあいだが詰まり気味で(お秀は「せっかち鐘」と言っている)、だからすぐ聞き分けることができる。
 この夜半の鐘は、どちらの音でもなかった。
 ―きれいな音。
 鐘とか小型のかねではなく、風鈴みたいな音色だ。一抱えもある風鈴を、夏の宵の心地よい涼風で鳴らしたらこんな音がするかもしれない。いや、一抱えもある風鈴なんて、見たことも聞いたこともないんだけど。
 チロリン、きらりん、カラコロリン。
 枕に頭をつけたまま耳を澄ませていると、風変わりな音色のあいだに、かすかに猫の鳴き声が挟まるのが聞き取れた。ちょうど、鐘の音に合いの手を入れるみたいに、
「にゃあ、ニャオウ、にゃにゃ」
 何だろう、あれ。猫の声でお経をあげてるみたい。
 すっかり目が覚めてしまい、おぶんはかい巻きを身体に巻き付けながら、そうっと床の上に起き上がった。
「んニャ」