【試し読み】宮部みゆき最新作『猫の刻参り』⑧

宮部みゆき最新作『猫の刻参り』、新潮文庫版『小暮写眞館』刊行記念特集

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装画 こより
装画 こより

1987年の作家デビュー以来、華々しい受賞歴を誇り、時代を切り取る鋭い視線で大ベストセラーを放ち続けている宮部みゆきさんの新作小説『ねこ刻参こくまいり』が、2月19日に新潮社から刊行されました。
三島屋変調百物語みしまやへんちょうひゃくものがたり」シリーズの主人公は、江戸は三島屋の次男坊富次郎とみじろう。変わり百物語の二代目聞き手として、客人の数奇な身の上話(変わり百物語)を聞き捨てて、一枚絵に描いています。今回の変わり百物語に登場するのは、お馴染みの化生のもの、化け猫、河童、山姥です。
物語は、富次郎が父・伊兵衛いへえに絵師になりたいと告げる場面から始まります。父からの条件は、変わり百物語を続けながらお店の仕事を手伝うこと。当惑しつつ絵の蟷螂とうろう師匠に相談すると、さらに困難な課題を出されてしまい…。
第1話「猫の刻参り」の冒頭、絵師修業と書き手を両立し始めたばかりの富次郎の元に語り手が現れる場面から百物語の主人公おぶんが可愛がっていた猫・シマっことの辛い別れまでを10日間連続で特別公開。

死の淵を覗き、絶望の闇の底に蹴り落とされたおぶんと彼女を支えた猫たち。三島屋の日常と猫好き号泣の百物語の世界、両方をご堪能ください。

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 おぶんは声に出して、自分に言い聞かせる。夢のなかのような光景ではあるが、あたしは確かに目を覚ましている。寝ぼけているのではない。これは本当に起きていることだ。
「猫の巫女には、猫の刻を知らせる鐘の音が聞こえて、夜空に浮かぶ肉球が見えて、あと、猫としゃべることができるのね」
「シマっこと話をしたようじゃな」
「腰を抜かしかけたけど、楽しかったわ」
 おぶんは膝を折り、シロじいじの背中を軽く撫でた。「これからは、みんなとこうやって話ができるね」
 シロじいじは、分別くさい感じで口元をにゅっと曲げた。「あまりワシらとしゃべっておると、まわりの者どもに怪しまれるぞ」
 そうなのか。おぶんにはいぶかしい。
「ご隠居さんもおかみさんも、巫女ではないってこと? あたしよりずっと前から、ここであんたたちと仲良く暮らしているのに」
「隠居もおかみも、ただの猫好きで、ワシらと共に暮らしておるのではない。いや、昔はそうだったのじゃろうが、今は違う」
 シロじいじは、おぶんの足の上からのっそりと降りた。
「凍えるのう。おまえに猫月が見えることは確かめたから、早う内へ戻ろう」
 囲炉裏に火を焚いてくれ―と言って、首を縮めてくしゃみを一つ放った。爺さまらしく、しゃがれたくしゃみだった。

「夜が更けてゆくなかで、祖母はシロじいじから、猫神様のこと―人と猫との深い関わりについて教わったのだそうでございます」
 黒白の間の半紙を背に、お文は語る。富次郎は心のなかに、餅をつくうさぎの形ではなく、猫の手の肉球を浮かび上がらせた満月を思い描きつつ、耳を傾ける。
「まず猫神様というのは、もともとはそこらの猫であって、何もとくべつなものではない。普通の猫がうんと長生きしたり、大きな怪我や病を乗り越えたり、ひどい災難を切り抜けたり、そうした何かしらの経験を得て徳を積むと、猫神様として選ばれて、他の猫たちに拝まれるようになるのだ、と」
 猫神様は、この世とあの世とのあいだにある猫神様の宮に座する。宮には猫神様にお仕えする選ばれた猫たちだけが居て、現世の猫は近づくことができない。
「ただし、猫の刻が来ると、そのあいだだけは、俗世にいる猫どもでも猫神様の宮に通ることを許されます」