【試し読み】宮部みゆき最新作『猫の刻参り』⑨

宮部みゆき最新作『猫の刻参り』、新潮文庫版『小暮写眞館』刊行記念特集

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装画 こより
装画 こより

1987年の作家デビュー以来、華々しい受賞歴を誇り、時代を切り取る鋭い視線で大ベストセラーを放ち続けている宮部みゆきさんの新作小説『ねこ刻参こくまいり』が、2月19日に新潮社から刊行されました。
三島屋変調百物語みしまやへんちょうひゃくものがたり」シリーズの主人公は、江戸は三島屋の次男坊富次郎とみじろう。変わり百物語の二代目聞き手として、客人の数奇な身の上話(変わり百物語)を聞き捨てて、一枚絵に描いています。今回の変わり百物語に登場するのは、お馴染みの化生のもの、化け猫、河童、山姥です。
物語は、富次郎が父・伊兵衛いへえに絵師になりたいと告げる場面から始まります。父からの条件は、変わり百物語を続けながらお店の仕事を手伝うこと。当惑しつつ絵の蟷螂とうろう師匠に相談すると、さらに困難な課題を出されてしまい…。
第1話「猫の刻参り」の冒頭、絵師修業と書き手を両立し始めたばかりの富次郎の元に語り手が現れる場面から百物語の主人公おぶんが可愛がっていた猫・シマっことの辛い別れまでを10日間連続で特別公開。

死の淵を覗き、絶望の闇の底に蹴り落とされたおぶんと彼女を支えた猫たち。三島屋の日常と猫好き号泣の百物語の世界、両方をご堪能ください。

*****

 翌朝、おぶんは、囲炉裏端で座ったまま眠りこけているところを、お秀に起こされた。
「いったいどうしたのさ、だらしのない」
 おぶんは頭のなかにもやがかかり、シロじいじの長い夜語りも、夢のなかの出来事のように思われた。ただ、締めくくりにシロじいじが言ったこと(そのときは両の前足をおぶんの腿の上に置き、瞳を覗き込むようにして語りかけてきた)だけは、一粒の黄金のように、その靄のなかで光っていた。
 ―今の猫神様の代替わりが近づいておる。隠居もおかみも逝くことになる。
 ここにいる神子の猫たちも、それを見送ってから散り散りになる。猫神様の御力により、本来の寿命より長らえている神子もいるから、隠居所から立ち去る以前に息絶えてしまうものも出てくるじゃろう。
 ―おぶんよ、巫女の情けを以て、そうした亡骸に手を合わせてやってほしい。
「ヒトの巫女は」
 思わず声に出して言ってしまい、お秀がぎょっとする。
「な、何よ?」
「あ、ごめんなさい」
 シロじいじはこう言ったのだ。人の女の身でありながら猫の刻を知る巫女は、人と猫の長い関わりを寿ことほぎ、そこにまことあることを証立てるしるべのようなものなのだ、と。
 心のなかで聞いた、シロじいじのしわがれた声を思い出すうちに、おぶんの目から涙がこぼれた。お秀はいよいよ心配そうに寄り添ってくる。その手をつかんで握りしめ、おぶんは笑った。
「明け方に、はっきりした夢を見たんです。正夢になるんでしょうね。怖い夢じゃなかったから、よかった」
 その年の暮れに、ご隠居が亡くなった。弔いのためにお秀と伊三が奔走し、本家からも人が来て、おぶんが手伝いに追われているうちに、ご隠居の死の床に添い寝するようにして、おかみさんも人知れず息絶えていた。
 本家の墓所に真新しい土盛りが二つできて、木の香が残る卒塔婆が立ち並んだ。
 松の内が喪中となり、隠居所は主人夫婦を喪い、漕ぎ手のいない舟のようになった。
 お秀も伊三も空っぽになり、押し黙ったままだるそうに、隠居所の内外を掃除したり、片付けたりしている。何でも億劫がり、おぶんがうるさく言わないと食事もしないし、ちゃんと横になって眠ることもしない。
 それでも数日のあいだに、二人して気がついてくれた。
「ねえ、このごろ猫たちがいないね」
「猫どもの数が足りなくねえか」