自分のあるべき姿を求めて踊る男―― 望月諒子『踊る男』試し読み〈井守拓実の狂気〉編③

シリーズ累計45万部突破! 望月諒子『踊る男』刊行記念特集

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フリーランスライターの木部美智子きべみちこが事件の謎を追い、複雑に絡んだ因縁の糸を解きほぐしていく累計45万部超の大人気「木部美智子シリーズ」。『蟻の棲み家』『野火の夜』などに連なる待望の最新作『踊る男』が1月29日に刊行されました。
アルバイト先をストーカー騒ぎの末に辞めた井守拓実は、逆恨みを募らせ、黒歴史の原点である中学時代の同窓生たちに対し復讐を開始します。Xの中傷投稿、夜陰に乗じた連続暴行事件…。木部美智子は一見無関係な犯行の被害者たちが同じ中学の同窓生であることを見出し、警察に先んじて井守へとたどり着きます。が、彼をいじめた人間ではなく、いじめなかった人間を標的にする、その動機は一体どこから来るのか―? 
『踊る男』試し読み〈井守拓実の狂気〉編では、井守が同僚に一方的に好意を寄せる本書冒頭部分を特別公開します。ストーカーのリアルで身勝手な心情を、ご体感ください。

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踊る男

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 どういうことなんだろうか。
 そうして、さゆきが、自分に話す時には小さくて聞き取りにくい声を、ある男にだけはっきりと朗らかに上げるのを聞いたのだ。
 その男、特任教授の相沢良介がいると、彼女は事務室にそそくさとやってくる。彼のそばを、用もないのにうろうろする。表情は明るく輝いて、なんでも手伝おうとした。無理やり手を貸そうとするのはわかるのだ。自分がいつもやっていることだから。
 相沢良介は講義が終わると事務室にきて、コーヒーメーカーのコーヒーを飲むのだが、さゆきは彼が事務室に戻ってくると、いそいそと紙コップにコーヒーを入れて渡す。「ありがとう」と言われて、頬を赤くする。あの男に渡す書類にかわいいクリップをつけて、まるでチョコレートでも渡すかのようにはにかむのだ。
 そのころからさゆきの、拓実に対する態度が変わっていった。彼女はまた一人で帰るようになったが、突然、クルリと振り返って拓実を見据えたのだ。不意を突かれて、「やあ」とも「偶然だね」という言葉も、とっさに出なかった。
「やめてもらえませんか。迷惑なんです。あたしが警察に言ったら、あなた捕まりますよ。いろんな証拠は集めましたから」
 彼女は仁王立ちのまま、動かなかった。
「気持ち悪いんです。大学にも連絡済みです」
 ―気持ち悪いんです。
 ―大学にも連絡済みです。
 拓実は立ちすくんだまま、さゆきの去ってゆく後ろ姿を見送った。
「気持ち悪い」と言った、さゆきの声を思い出す。そしてそのあとも、相沢良介を見つめる目─ただの一度も自分には向けられなかった、憧れに満ちた幸せそうな目を、拓実は事務室で何度も見なければならなかった。
 ―俺はこの二年で生まれ変わった。秩序ある世界で、話す相手を得て、理不尽に怒鳴られることもなく。ここは布の靴に革靴ほどの金を出す人間が集まる世界だ。イキる奴のいない、正しい世界だ。
 あの気取った男がそれをぶち壊した。
 あの気取った男。
 俺がやっと掴んだ生活を一瞬で沈めた男。
 小突いたりからかったりすることもなく、まるで俺なんかこの世にいないような顔をしたまま、俺を沈めやがった。
 拓実はなにかたまらない気がした。あのさゆきに「気持ち悪いんです」と言わせた男がたまらない。ほら痛いだろと踏みつけられた時には、自尊心の持ちようがある。相手がクズだから。俺は相手にしないだけだから―そう、心の中で勝ちを叫ぶこともできる。相手の背中を見つめて、胸の内で中指を突き立ててやることだってできる。
 だというのに。
 あの男は、俺の名前も、それどころか顔さえ知らなかった。
 そう思うと、突然、白い爆弾がはじけたみたいに、頭の中がパンパンに膨らんで、真っ白になった。


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条南大学のアルバイトを辞めた井守拓実は実家に引きこもり、これまでフタをしてきた屈辱的ないじめの記憶を掘り起こしていきます。そして大学時代、自分をいじめた中学の同級生女子にキャンパスで再会し、彼女を金属バットで闇討ちにして気持ちが「すっとした」ことを思い出した井守は、トー横で売春を行う女子中学生に暴行したり、実母に不気味な嫌がらせを繰り返したりするうちに「自分のあるべき場所」に行くための「時が満ちている」と確信。過去を修正するために具体的行動を起こしていきます。
続きは、『踊る男』でおたのしみください。
明日からは〈木部美智子始動!〉編の試し読みを公開します。