闇バイトに群がるアルバイトの真意とは―― 望月諒子『踊る男』試し読み〈木部美智子始動!〉編①

シリーズ累計45万部突破! 望月諒子『踊る男』刊行記念特集

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フリーランスライターの木部美智子きべみちこが事件の謎を追い、複雑に絡んだ因縁の糸を解きほぐしていく累計45万部超の大人気「木部美智子シリーズ」。『蟻の棲み家』『野火の夜』などに連なる待望の最新作『踊る男』が1月29日に刊行されました。

アルバイト先をストーカー騒ぎの末に辞めた井守拓実は、逆恨みを募らせ、黒歴史の原点である中学時代の同窓生たちに対し復讐を開始します。Xの中傷投稿、夜陰に乗じた連続暴行事件…。木部美智子は一見無関係な犯行の被害者たちが同じ中学の同窓生であることを見出し、警察に先んじて井守へとたどり着きます。が、彼をいじめた人間ではなく、いじめなかった人間を標的にする、その動機は一体どこから来るのか―? 
『踊る男』試し読み〈井守拓実の狂気〉編に続き、〈木部美智子始動!〉編では、本シリーズの主人公である木部美智子の登場場面を特別公開。美智子の鋭い心理分析が光るサイコ・サスペンス『踊る男』をお楽しみください。

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踊る男

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 木部美智子きべみちこはフリーランスのライターだ。頼まれればゴーストライターにもなるし、編集作業もする。業界では硬派として知られる週刊誌、「フロンティア」の看板記者と言われている。
 フロンティアは美智子には有り難い編集部だ。編集長の真鍋まなべは、美智子の記事に対して好意的で、いつも「なんか面白い記事はないかい」と御用聞きに言うように話を振ってくる。美智子はいろんな媒体で小さな記事から地道に積み上げて、いまでは署名記事を書くようになった。その署名記事をフロンティアが載せてくれる。ああしろこうしろとは言わない。大きな記事を編集部の意向の下に書くより小さな記事でいいから思うままに書きたい。そう思う美智子には、フロンティアはうってつけの雑誌だった。
 記事が何本か載るとフロンティアへの出入りが増えて、顔なじみになってまた記事を書くことになる。そうやって業界では、木部美智子といえばフロンティアと思われるようになった。今では名刺の肩書も「フロンティア 記者」だ。それでも、特にフロンティアに義理があるとは思っていない。断る権利を有することがフリーランスライターの唯一の強みだと思っている─実際には決して断ったりしないのであるが。
 昨日、記事を一本フロンティアに送った。
 去年あたりから、東京とその近辺が無法地帯と化してきた。金のない人間が寄り集まって、鉄の棒を持って窓をたたき割り、民家に侵入して金を盗むようになった。その事態に一番驚いたのが、犯罪のプロ─盗みを生業にする人びとだ。
 彼らが言うには、窃盗というのは、大変神経を使う繊細な仕事だそうだ。証拠を残してはいけないから、髪の毛が落ちないように油で固める。人によっては体毛さえ剃って臨むという。これが強盗になるともう一段ハードルが上がる。侵入先の家人に怪我をさせたら強盗致傷になり、量刑がぐんと上がるので、たとえ家人の身体を拘束しても、体に紐のあと一つつけてはいけない。拘束は自分たちが仕事をする間の動きを封じるためのものなので、体を動かしたら紐が緩むように縛らないといけない。使える時間が短いので、どこに目当てのものがあるかを調べたうえ、複数で押し入る時には息を合わせて犯行に及ばないといけない。モノを手に入れて、かつ捕まらず、仮に捕まってもできるだけ微罪で済むように、細心の注意を払うものだというのだ。
 そういうプロの空き巣や強盗からすれば、昨今頻発する事件はまったく理解ができないという。知らない者同士が集められて、近くのホームセンターで道具を買い、昼夜を問わず窓をたたき割って侵入して家人を縛って骨折させるほど乱暴し、挙げ句、たいした金も盗れずに逃走する。
 彼らは、なにを目的にやっているのだろうか。
 昨今の犯罪は、アルバイトを雇って彼らに指示して行わせるものだ。しかしプロに言わせると、その指示役そのものが盗みについては素人だという。
 末端は使い捨てで、金が盗れたら良しとして盗れなかったら諦める。数をこなせばやらないよりは金になる。どちらにせよ、追いかけられたり捕まったりするのはアルバイターなのだから─―そういう指示側のふてぶてしい計画を可能にするのは、応募するアルバイターがいるからだ。
 アルバイターたちはどういうつもりなんだろうと、取材に答えたプロの犯罪者は美智子に聞いたものだ。
 美智子は思うのだ。いま、どんな仕事でも、アルバイトはやみくもに言われたことをこなす。自分がしていることが全体のどの部分にあたるかを考えたりしない。短期バイトになればなるほどその傾向は顕著で、ただ言われたことに疑念をはさまずにやり遂げるのが正しいアルバイターの姿だ。そういうアルバイト形式に慣れきっている一部の若者には、ことの異常性を考える習慣がない。機械のようにマニュアル通りに動くことを要求されているわけだから。
 頭脳労働に向かない若者は刻々と多角化する業務についていくのに一杯一杯で、言われた通りにしていたらいいのだと毎日毎日自分に言い聞かせている。気がつけばそれが強盗になっていたとして、彼らには、どこからこうなったのかわからないし、途中で辞めるという判断もできない。バカといえばその通りだが、そういう働き方を労働者に強いてきたのがいまの雇用形態ではないのか。
「昔はね」と、そのプロは言った。「できの悪いのは、自分ができが悪いことをよく知っていたし、できがいい振りもできなかった。いまは自覚がないの。バカにはお目付け役が必要なんですよ。昔は、使い物にならない者にはちゃんと叱る人がいて、ちゃんと仕込む人がいたんです。言葉は悪いがいまは野放しだからね」
 その、野放しの若者は、なんでもいいから指示してくれる人がいないと生きていけない。
 昨夜遅く、そういう闇バイトの記事をフロンティアに送った。
 仕事明けの日のなんとすがすがしいことか。
 ふと目が覚めると十一時を過ぎていた。時計を見たとき、とても幸せな気持ちになった。自分の体が思う存分休んだのだと思うと、たまらなく幸せなのだ。
 ベランダに干してあった洗濯物を取り入れた。天気がいいのでぱりっと乾いていた。洗濯する時に柔軟剤なんか入れない。芳香剤も入れない。
 ゆっくりと朝御飯を作り、コーヒーに牛乳と砂糖を少し入れて飲んだ。寝すぎた朝はブラックコーヒーで気合を入れる気にならない。このまま自分の体を甘やかしてやりたい。
 テレビをつけたままスマホでニュースをさらさらと読みとばす。ネットの記事を見ていると、すっかり週刊誌化したものだと少し寂しくなる。記事というのは、新聞に見られるあの語格の仰々しさが売り物ではなかったか。ネットニュースは見出しを見てもなんのことだか全くわからない。
 新聞紙面をざっと広げて、隅から隅まで読むというあの行為は、自分がいっぱしの文化人になったような気持ちにさせてくれたものだ。いまでは「読み終わる」ということがない。情報は随時更新されて、いつまでもどこまでも流れてくる。似たようなニュースが並び、その中には前日のものが残っていて。そういうのを見ると、読者に媚()びを売っているとも、読者を舐めているとも、なんとも言いようがない。
 午後、フロンティア編集部に行く予定だったのを思い出した。
 編集部の中川から電話がかかってきたのは昨日の昼のことだ。
「歌舞伎町の東宝ビルの辺りに未成年者がたむろしているでしょ」
 いわゆるトー横キッズのことだ。
「あそこで暴行事件が起きたそうです」
 そんなの珍しいか?
「被害者は警察にはただの暴行として通報していて、だから事実を言わないらしいんですけど、五千円だったという話なんです」
 話が詰めこまれすぎて要点がわからない。そういう時はだいたい、編集部に来てというサインだ。
 それで「明日行く」と言ったのだ。

(つづく)
次回の更新は3月6日の予定です。

※続きは望月諒子著『踊る男』(新潮社)でお楽しみください。