【試し読み】恋愛小説の名手・唯川恵による修羅場の恋愛学『男と女』⑤
恋愛小説の名手・唯川恵による令和を生き抜く修羅場の恋愛学 『男と女』(新潮新書)特集
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他人の男を奪い続けて20年、何不自由ないのにPTA不倫、経済力重視で三度離婚……。『男と女―恋愛の落とし前―』は恋愛小説の名手である直木賞作家・唯川恵さんが、36歳から74歳まで12人の女性の実話を元に執筆した初の新書です。
「不倫はすることより、バレてからが本番」「大人の恋には大人の事情があり、責任がある」「恋愛は、成功と失敗があるんじゃない。成功と教訓があるだけだ」などの珠玉の名言で、多様な恋愛を厳しく一刀両断。冷徹さの中にも愛が潜む唯川さんの言葉は、人知れず悩みを抱えている大人の心に突き刺さります。
恋愛だけではなく、人生を生き抜くヒントに溢れた、令和の新バイブルから、「第3話 恋愛関係の基本は人間関係である──仕事はできるが恋には幼稚な40歳」を期間限定で試し読み公開します。
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「決定的だったのは、私の36歳の誕生日です。その日、彼がレストランを予約してくれたんですけど、行ってみたら予約されていないって断られてしまって。私は、てっきり彼が猛抗議するだろうと思っていたんですよ。それなのに何も言わず『あ、そうですか』ってすんなり引き下がったんです。信じられます? 私の誕生日なんですよ。それで私が代わりに言ったんです。店側のミスじゃないのかって。もっと誠意ある対応を求めたいって。さすがに、あちらは謝ってくれて、その上、次回にお使いくださいってクーポン券をくれました。レストランには入れなかったけれど、気持ち的にはすっきりしました」
まさに彼女らしい。
「だから、その日は仕方なく、駅ビルの中に入っているチェーンのエスニック料理のお店でごはんを食べました。プレゼントは、何だったかな、ちょっと今、思い出せません。あの時は、せっかくの誕生日を台無しにされて、お店にすごく腹が立っていて、ずっと不満を言ってましたから。彼もすっかり落ち込んじゃったみたいで、その日はあんまり会話もないまま、早めに切り上げて帰りました。別れたいって言われたのは、その3日後でした」
理由は?
「君には付いていけないって。何もかも自分の思い通りに仕切ろうとするところが受け入れられないって。一緒にいても楽しくないんだそうです、むしろ息が詰まりそうになる、なんて言われました」
その時、どう思った?
「すごく腹が立ちました。どうして私が責められなくちゃいけないんだって。彼を騙したわけでも、嘘をついたわけでも、自分が得しようと思ったわけでもないんですよ。みんな彼のためによかれと思ってやったことです。言ってみれば思いやりの精神です。実際、彼も助かったことがたくさんあったはずです」