「覚えていてくれたんだ…」胸を熱くした“梅浜”との再会 飼育スタッフだけが知っているパンダとの生活とは?
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動物園の人気者ジャイアントパンダ。パンダを知らない人はいないと思いますが、その生態を知っている人は、決して多くはないのではないでしょうか。そのパンダの秘密を詳しく紹介した『知らなかった! パンダ ―アドベンチャーワールドが29年で20頭を育てたから知っているひみつ―』が発売の翌日に重版がかかるほど注目されているのです。本書の著者であるアドベンチャーワールド(和歌山県白浜町)は、1994年に世界初・パンダのブリーディングローンによって日中共同繁殖研究を始めたパンダ繁殖のエキスパート。29年かけて20頭のパンダを立派に育て上げたパンダチームが、全面協力した本だというのですから、発売の翌日に重版がかかったというのにも納得です。
(ライター:二木繁美)
パンダのシッポは白? 黒?
“パンダライター”として、パンダに関する連載や飼育スタッフさんのインタビュー、テレビや雑誌、新聞へのコメント提供などを仕事にしている筆者ですが、よく聞かれる質問に「パンダのシッポって白?黒?」があります。答えは白なのですが、じつは両方のイラストやグッズがあり、みなさんが混乱する原因となっています。本書はそんなパンダの白黒部分についての話から始まります。
意外と知らない白と黒の部分の分かれ方。そして目のまわりの黒い部分「アイパッチ」のお話。パンダは特徴的なアイパッチで目を大きく見せることによって、敵に警戒心を起こさせ、さらに本来の目の位置をわかりにくくして攻撃を防ぐのです。かわいいアイパッチには、そんな戦闘的な意味合いがあったのですね……。さらに付け足すと、アイパッチはまるで「大きなたれ目」のようにも見えて、私たちをメロメロにさせるのに一役買っているのです。
永明30歳の顔写真が彩浜4歳に⁉
本書には、同パーク撮影のえりすぐりのかわいい写真がたくさんあります。さらに写真の説明に、各パンダの名前が入っているのもうれしいところ。どのコの写真か当てっこするのも楽しいのではないでしょうか。ある程度パンダにハマってくると気になり出すのが、パンダの顔の見分け方なのです。
ニュースや報道でさえも間違うことがあるくらい、むずかしいパンダの見分け。「メスのシンシン妊娠!」で出ている写真が、オスのリーリーだったり、「永明30歳」のところに娘の彩浜(4歳)の写真が入っていたり、まるでまちがい探し。ある程度関心を持って見ていないと、みんな同じに見えてしまいます。
ちなみに本書の表紙は、はねたアイパッチが特徴の末っ子の楓浜。これは親子の一般公開を開始した110日齢の姿です。このころの楓浜は歩き方が独特。テケテケと足がもつれそうな歩き方が、とてもかわいかったんですよ。
パンダには人間がどう見えている?
もちろん、同パークのパンダの見分け方のヒントもあります。イラストを担当しているのは、陣内郁佳さん。じつはこの方パンダの飼育スタッフ。園内のボードのイラストなども担当していて、ファンの中では有名な方なのです。さすが普段お世話をしているだけあって、絵の雰囲気で伝わる……! これがあれば、初心者の方も見分けが楽しめるに違いありません。
一方、パンダたちには私たちがどう見えているのでしょう。じつはパンダは視力があまり良くありません。その分、嗅覚と聴覚が発達していて、飼育スタッフさんたちを声や足音で判別しているのだとか。なので飼育スタッフさんたちはパンダにエサをあげたり、声かけをして覚えてもらいます。パンダたちはパークを訪れるお客さんのことも認識はしていて、少なくとも敵ではないとわかっているようです。
本文中にも「正確なことはパンダたちに聞いてみないとわかりませんが」というコメントが出てきますが、これは私が取材の際に飼育員さんたちによく言われることのひとつ。こう言われるたびに、「パンダと話ができたら、きっと楽しいだろうな〜(ウフフフ)」と妄想してしまうのです。
母親になった梅浜
読み進める中で感動的だったのが、中国へ旅立ったコたちと再会したときのエピソード。会議・研修で中国・成都へ行った飼育スタッフさんが、同パーク出身でそのとき繁育研究基地にいた梅浜に「めいひん!」と日本語で話しかけます。すると、その声に気づいて近づいてきた梅浜。飼育スタッフさんも「覚えていてくれた!」と胸が熱くなったそうですが、さらに梅浜のかたわらには、娘の梅蘭がいたのです。
2013年に4歳で中国へと旅立った梅浜は、このときお母さんになっていました。娘の梅蘭は、中国では肉肉ちゃんというニックネームで親しまれています。その由来は、梅の字が入る料理・梅菜扣肉。ふっくら丸い体形と、ちょっと白目をむく「チロ目」の表情がかわいらしくて、中国でも人気の高いパンダです。日本生まれのパンダが中国へと旅立つ主な理由は、繁殖のお相手探しのため。2023年2月に同パークの桜浜、桃浜、そして恩賜上野動物園のシャンシャンが中国へと旅立ったのも、飼育頭数が多い中国でステキなパートナーに巡り会うためです。
いままでに同パークで生まれて中国へ旅立ったパンダは13頭。そこからたくさんのこどもが生まれ、「浜家」と呼ばれて、中国でも有名なパンダファミリーとなっています。1年に2〜3日ほどしか交尾のチャンスがなく、繁殖がむずかしいと言われるパンダをなぜここまで増やすことができたのか。それこそがアドベンの情熱、そして桜浜、桃浜と一緒に中国へと旅立った、グレートファーザー・永明のすごさなのです。
日本でパンダの繁殖と言えばこのアドベンチャーワールド。2021年に恩賜上野動物園のふたごが生まれた時、コロナ禍で中国の専門家が来日できず、同パークにアドバイスを求めたという話もあるほど、繁殖に精通しているのです。しかも2つの施設は、それぞれ所属する基地が違います。パンダのために基地の垣根を超えて協力する……ファンにとっては何とも胸アツなエピソードでした。
じつはおしゃべりなパンダ
読んでいてクスッとなるのは、パンダのいろいろが詰め込まれたトリビアのコーナー。みんな大好きうんちの話や、くしゃみの後に江戸っ子のような「てやんでぃ!」ポーズをする話。さらに、「起きているパンダに会うためには?」や「パンダの鳴き声ってどんなの?」など、さまざまな疑問に答えてくれています。
中でも興味深いのは鳴き声。パンダは繁殖期に恋鳴きといって、「メェ〜」と羊のような鳴き声をあげますが、ほかにも同パークのパンダたちは、まるで飼育スタッフに話しかけるようによく鳴きます。すねている時には「プンプン」、甘える時には「フンフン」や「キュンキュン」など、じつに感情豊かなのです。
同パークには、ガラスなしでパンダに出会うことができる施設がありますので、耳を澄ませば、竹をバリバリとかじる音やパンダの寝息、くしゃみが聞こえることも。ぜひ現地で聞いてみてくださいね。
読めばパンダに会いたくなる、パンダの魅力がギュッと詰まった一冊。本書の準備を開始したのは2021年夏だったそうで、まだ永明、桜浜、桃浜の旅立ちは決まっていませんでした。そのため、中国へと旅立った3頭を含め、アドベンチャーワールドのパンダ7頭全てが載っている、パンダファンの宝物のような本に仕上がっています。
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【二木繁美】 パンダライター・イラストレーター。 アドベンチャーワールドの明浜・優浜の名付け親。日本パンダ保護協会会員。パンダ団子を食べ、パンダのうんこの香りを嗅いだ人間です。撮影には一眼レフを使用。著書に13頭の日本のパンダを紹介した『このパンダ、だぁ〜れだ』(講談社/講談社ビーシー)がある。