滝沢馬琴のもとで12年も放置された江戸のベストセラー『北越雪譜』刊行までの苦闘を描く 木内昇の小説『雪夢往来』(書評)

書くことの本質を問う本格長篇 木内昇『雪夢往来』特集

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原稿完成から発売まで40年もかかった江戸のベストセラー書『北越雪譜』。その刊行を巡る4人の作家の姿を描く木内昇さんの小説『雪夢往来』が、プロアマ問わず物書きの間で話題になっている。

今ある作家・版元・書店の出版システムの基礎が出来上がった時代の話だけに、起きること全てが現代の出版状況と重なるうえ、まったくタイプの違う4人―越後に住む作者の鈴木牧之(本名・儀三治)、江戸の人気戯作者・山東京伝、滝沢馬琴、山東京山―が死ぬまで書き続ける姿に圧倒され、身につまされるからだという。

彼らは何を思い、何を背負って書いていたのか。その魅力をコラムニストで時代劇研家のペリー荻野さんが詳しく解説する。

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 今年の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」は、華やかな吉原の光と影、政治の裏表を織り込みつつ、蔦屋重三郎がいかにして江戸のメディア王となるかを描いている。スポンサー探し、タイアップ、印刷物のコンパクト化、宣伝、接待、イベント、独占販売、作家の育成などなど、蔦重のアイデアは、現代に通じるものばかりで驚くが、この小説は、風雲児、蔦重が世を去る少し前から始まる。
 読みどころは、当時の出版事情と、書くことに憑りつかれた作家と家族の人間模様である。
 越後国塩沢村、鈴木家は、やせた土地での農業に見切りをつけちぢみや原料となる最上苧もがみお、米や大豆の仲買いと質屋を営んでいる。跡取りの儀三治ぎそうじ牧之ぼくし)は、向学心旺盛な若者だ。14のときには六日町に逗留していた狩野梅笑かのうばいしょうから絵の手ほどきを受けて体調を崩すほど熱中した。19で、はじめて江戸に縮の行商に出た際には、ふた月の逗留中、花の吉原には目もくれず、儒学者・沢田東江に書を学んだ。その際、江戸者の塾生たちに、越後では雪が一丈(約3メートル)ほども積もると話すと、盛大に笑われ、「法螺吹き」と言われてしまった。江戸に越後のことが正しく伝わっていないという思いは、彼の中でくすぶり続け、地元の風俗、奇譚などを書き記す動機となる。
 やがてコツコツと書き溜めたものを、江戸で本にすることはできないかと考えた儀三治は、わずかな縁を頼りに沢田東江に原稿を送り、意外にも江戸随一の戯作者・山東京伝さんとうきょうでんの手に渡る。しかし、ちょうど「蔦重もおっんじまったしなぁ」と京伝がぼやいた時期で、事はすんなりとはいかず、原稿は大坂での出板企画も頓挫し、滝沢馬琴のもとで12年も寝かされた挙句、京伝の弟、京山が手にして、やっと動き出すが…。