兄を捨てた元妻よりも兄に愛されたい妹…愛の“リスタートと終活”を描いた作家・白石一文が語る

愛の「リスタートと終活」 白石一文最新刊『睡蓮』刊行記念特集

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人が行き続けるために必要な「支え」とは何か。人生のいつ、何を、どのように「選択」するのか―。愛の「リスタートと終活」がテーマの新刊『睡蓮』で、直木賞作家・白石一文さんはそう問いかけています。

主人公の一人は、67歳で元新聞社勤務の櫻子さくらこ。幼少時からエリートコースを歩み続け、地方銀行頭取まで昇りつめた最愛の兄・貴之たかゆきが鬼籍に入って17年が経ちます。そして義姉の智子さとこは、かつて貴之の元を突然去り、幼なじみと再婚しています。

貴之を偲ぶ会以来、1年半振りに櫻子と会った智子は、モネの「睡蓮」を鑑賞してきたと言い、その「睡蓮」こそが智子の人生を決定づけたと告げます。智子は離婚と再婚の真意を語り始め、一方で櫻子はある秘め事を口にします。

「67歳の自分の心境を反映させた」。そう語る著者の白石さんに、同書に込めた想い、そして本を読むことの意味を伺いました。

(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)

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自分の心境を書くことで、自分を保つ

睡蓮

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―本書では、主な登場人物の年齢は67歳以上。なぜ、このような設定で小説を書いたのでしょうか。

 今年で、67歳になりました。自分の今の心境を書こうとした結果、自然とそういった人物ができあがっていきました。

 若いころは、無限のエネルギーがあり、熱だけでどこへでも行くことができました。推進力の強いロケットのように、地球から飛び出して、どこまでも飛んでいける。けれども、歳をとると、宇宙空間を進むというよりも、漂っているような状態になっていく。

 若いころは、しゃにむに熱に浮かされて生きてきたということを、今になってはっきりと自覚することができます。そして「なぜ自分は生きているのか」「何が自分の人生の支えなのか」という問いが、目の前に立ちはだかります。
 
 そんな気持ちを放っておくと、精神的に追い詰められてしまう。だから、自分の心境を書くことで、自分を保とうとしています。

―エリートコースを歩み続けて、地方銀行の頭取にまで出世し、56歳で急逝した男性・貴之。彼の人生を妹・櫻子と元妻・智子が語ります。二人の目線で貴之を描いた狙いはありますか。

 貴之という人物を多角的に描こうとすると、一つの目線では不十分です。また、貴之は極端とも言えるほどの強い信念を持って、自分の生き方を選択していきます。彼の強い理念を受け止める女性を描こうとすると、全く異なるタイプの女性像が必要でした。

 また、二人は恵まれた環境にありながら、「持っていないもの」を求めてしまう。

 櫻子は、貴之の妹です。でも、元妻の智子よりも貴之に愛されたいと切望しています。でも、妹である限り、それは難しい。智子は智子で、睡蓮の絵を見て自分の人生でこれまで失ってきたものを求め、さらに自分が病気になったときは自分が捨てた貴之のことを思い出します。

―白石さんから見て、貴之はどのような人間ですか。

 やれば何でもできてしまう、可能性の塊。でも、心に火が付かない。

 この世界は、できるのにやらない人であふれています。貴之は、まさにそのタイプです。自分のすべての可能性を手放し、人生を智子に捧げた。ところが智子は途中で自分が失ってきたもの、貴之に奪われてきたものに気付き、貴之の元から去っていきます。

―貴之にとって、智子の存在は全てだった、ということですね。

 そうですね。僕はもう長いこと、恋愛とは程遠い生活を送っていますが、今でも時折、色恋沙汰の夢を見ることがあります。目が覚めて隣を見ると、妻が寝ている。そんなとき、この人が自分の支えなのだ、と痛感させられます。

 もちろん、異性の存在でなくてもいい。年老いて、宇宙を漂うロケットのような状態では、何でもいいから頼りになる光が絶対に必要です。櫻子にとっては、それは兄との思い出であり、彼が最期に残してくれた言葉です。

 一方で、貴之を捨てた智子の支えは、貴之に「愛された」という実感です。貴之と交わした最後の会話を、彼女は誰にも言わずに心にしまい込んでいます。けれども、最後に貴之に言われた言葉は、自分が貴之に対してどれだけ強い影響力を維持していたかを物語っています。それが、彼女の優越感に繋がっているのです。