「掃除のおばちゃん」と地面師詐欺のスゴ腕手配師。二つの顔を持つ女の華麗なる半生――『手配する女』試し読み①
誇り高き女地面師の半生を描く 痛快ノワール誕生! 山口恵以子 『手配する女』刊行記念特集
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土地の持ち主になりすまして不動産業者に架空の売却話を持ち掛け、大金をせしめる「地面師詐欺」。Netflixドラマ『地面師たち』でその存在を知った人も多いでしょう。山口恵以子さんの新刊『手配する女』は、地面師グループの中でなりすまし役をスカウトし、教育する女手配師の波乱万丈の半生を描いた一気読み必至のピカレスク小説です。
75歳の三矢唯は都心のオフィスビルで清掃の仕事につく平凡な「掃除のおばちゃん」ですが、真の顔は地面師事件で暗躍してきた女手配師。かつては寿退社を夢見る善良なOLでしたが、詐欺に遭って全てを失い、奇縁あって騙す側に転じた過去を持っています。窮地に陥った人々に大金をもたらす手配の仕事を「人助け」と考え、昭和・平成・令和の裏社会を駆け抜けてきた彼女が迎えた人生最後にして最大の案件とは――。
『手配する女』試し読みは、唯が掃除のおばちゃんと手配師、二つの顔を操る冒頭部分を全4回で特別公開します。逆境に負けず、前を向いて生き抜く女を描いてきた山口さんの作品史上、もっとも強く、痛快な生き方を見せるヒロインの姿をお楽しみください。
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序 章
始発電車が空いていると思っているのは、乗ったことのない人だ。実はそれなりに混んでいる。特に東京の地下鉄は。
西船橋駅を出発した東京メトロ東西線の始発電車は5時14分に葛西駅を出る。全車両すでに空席はなく、吊革も半分近くふさがっている。茅場町駅に着くまでに、その吊革も空きがなくなってしまう。体が触れ合うほどではないが、車両の床は人の足でほぼ埋め尽くされて、結構な混み具合だ。
それにしても……と、唯は周囲の顔ぶれを見回して感慨を覚える。始発電車の乗客は、どうして老人が多いのだろう。老人というのは言い過ぎかもしれないが、いわゆる中高年が八割を占める。若い男女は朝帰りらしいエキストラがほとんどで、レギュラーで乗ってくる顔ぶれは見かけない。
おそらく、朝の早い仕事は清掃か魚河岸の飲食店など、中高年の多い職種に絞られるからだろう。築地に魚河岸があった頃は、日比谷線に乗り換えるため、茅場町駅で乗客の三分の二が降りたものだ。
もっとも、唯だって他人のことを言えた義理ではない。今年75歳の立派な後期高齢者で、オフィスビルの清掃を生業としているのだから。
三矢唯が葛西の町に住むようになってすでに20年になる。当初、東西線の始発はかろうじて座ることができたが、翌年から空席が見つからなくなり、3年目には今のような混雑ぶりとなった。
思えばその3年の間に、沿線に建つマンションの数が急激に増えていった。
江戸川区は東京メトロ東西線と都営地下鉄新宿線を利用すれば都心へのアクセスが良く、その割に家賃が安く物価も安い……そんな不動産屋のうたい文句につられてマンションの賃貸契約を結んだのだが、嘘ではなかった。同じ理由で新たな住人が増えて、唯は座って通勤できなくなったというわけだ。
埒もないことを考えているうちに、電車は茅場町に到着した。扉が開くと、乗客の半数近くが降りてゆく。築地市場は豊洲に移転したが、場外市場はまだ営業を続けており、乗り換え客は相変わらず多い。
唯はすかさず空席の一つに腰を下ろした。二駅先の大手町で降りるのだが、6時から9時まで3時間立ちっぱなしで働く身には、ほんのちょっとでも座れる時間があるのはありがたい。








