「掃除のおばちゃん」と地面師詐欺のスゴ腕手配師二つの顔を持つ女の華麗なる半生――『手配する女』試し読み②

誇り高き女地面師の半生を描く 痛快ノワール誕生!  山口恵以子 『手配する女』刊行記念特集

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 土地の持ち主になりすまして不動産業者に架空の売却話を持ち掛け、大金をせしめる「地面師詐欺」。Netflixドラマ『地面師たち』でその存在を知った人も多いでしょう。山口恵以子さんの新刊『手配する女』は、地面師グループの中でなりすまし役をスカウトし、教育する女手配師の波乱万丈の半生を描いた一気読み必至のピカレスク小説です。

 75歳の三矢唯みつやゆいは都心のオフィスビルで清掃の仕事につく平凡な「掃除のおばちゃん」ですが、真の顔は地面師事件で暗躍してきた女手配師。かつては寿退社を夢見る善良なOLでしたが、詐欺に遭って全てを失い、奇縁あって騙す側に転じた過去を持っています。窮地に陥った人々に大金をもたらす手配の仕事を「人助け」と考え、昭和・平成・令和の裏社会を駆け抜けてきた彼女が迎えた人生最後にして最大の案件ヤマとは―。

『手配する女』試し読みは、唯が掃除のおばちゃんと手配師、二つの顔を操る冒頭部分を全4回で特別公開します。逆境に負けず、前を向いて生き抜く女を描いてきた山口さんの作品史上、もっとも強く、痛快な生き方を見せるヒロインの姿をお楽しみください。

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手配する女

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 店に着いたのは185分前だったが、案内に立った若い仲居は「皆さま、お着きでございます」と告げた。
 リニューアルしたとはいえ、料亭時代の建具も一部移築されているのだろう。建物のそこここに新築とは異なる、往年の風情を感じさせる建具がめ込まれていた。
 唯は20代の頃、一度だけ料亭時代の「花菱」に来たことがあった。あの時は昼会席で、通勤用の服を着ていた…。
 そんなことをぼんやり思い出すと、着物で来て良かったと、内心大いに満足した。漆黒の地に青と金を基調にした糸で色紙を織り出したりおめしは、しっとりとした艶があり、訪問着のように仰々しくはなく、つむぎ小紋こもんより一段と格がある。帯は銀糸で唐草を織り出した緞子どんすだ。この衣装に身を包めば、かつての名料亭の中にあっても、少しも見劣りがしない。
「お客様、お見えでございます」
 仲居が襖越しに声をかけ、そっと開いた。唯は座敷に入って畳に膝をついた。
「お待たせしました」
 床の間付きの八畳間は掘り炬燵形式になっていて、床の間を背に下斗米、その両脇に迫水さこみず忍足おしたり、鎌田が座っていた。
「ま、どうぞ」
 下斗米が右手を挙げて席を指し示した。唯は一礼して迫水の隣に座った。
「まずは瓶ビールを3本」
 下斗米に代わって、一番年長の迫水が仲居に注文を告げた。
 仲居が出てゆくと、一同が値踏みするように唯を見た。他の者同士の値踏みは、唯が来る前に済ませたのだろう。「変わりないようで、何よりです」
 下斗米が一同を代表して言った。
「皆さんもお変わりなくて」
 3年ぶりの再会だが、成人の場合、大きな環境の変化でもない限り、3年ではそれほど容貌は変化しない。
 下斗米かおるとは40年越し、迫水きよしと忍足うしお20年越しの付き合いで、知り合ったころに比べれば加齢による変化は否めないが、全体の印象は当時とさほど違わない。鎌田芳樹よしきは前回の仕事が初顔合わせだったから、なおさらだ。
ねえさんは相変わらず着道楽だな。それはなんていう着物です?」
 忍足が感心したように言う。自分自身が洒落者なので、他人の服装にも関心がある。今日も一流ブランドのスーツを普段着の様に着こなしていた。
「お召っていうの。この柄、染めたんじゃなくて織り出してあるのよ」
「へええ」
 迫水と鎌田も唯の着物に目を向けた。お世辞半分と分かっていても悪い気はしない。着物も帯もこの前の案件ヤマの報酬で誂えた。今夜が仕立て下ろしのお披露目だった。
「どっから見ても大企業の会長夫人か、老舗しにせ料亭の大女将おおおかみって感じですね。とても掃除のおばさんとは思えない」
 に落ちないような顔をした鎌田に、下斗米がさらりと言った。
「それは当然だよ。三矢さんは本来なら、大企業の会長夫人か老舗料亭の女将になっていても、おかしくなかった人だ」
 下斗米のセリフはさすがに持ち上げすぎだが、それも好意の表れと受け取って、唯はすました顔で微笑んだ。一方の鎌田は納得したらしく、小さく頷いて唯に会釈した。