各話に仕掛けられたどんでん返し、そしてラストに待ち受ける巨大な「罠」とは? 水生大海『私のせいではありません』第1話試し読み②

どんでん返しの女王、水生大海が紡ぐ驚嘆連作ミステリ『私のせいではありません』刊行記念特集

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 日本推理作家協会短編部門にノミネート経験もあり、『その嘘を、なかったことには』、『最後のページをめくるまで』など、企みに満ちたミステリ小説で人気の作家、水生大海みずきひろみさん。

 新刊『私のせいではありません』のテーマは「美術業界の闇」。セクハラ、アカハラなどのハラスメント行為だけでなく、派閥争いやギャラリーストーカーなど、いま社会でも問題視されている若手美術家を取り巻く搾取構造を炙り出す衝撃作です。

 その第1話「六年前の赤い扉」を全5回にわたり特別公開いたします。

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「なにそれ」
 初めて聞いた。ギャラリーにストーカーを足した新語?
「陽向、世間から離れすぎ。最近問題になってるんだよ。今年の卒展行った? 大学でも問題視してて、迷惑行為の対策をしてますっていう注意喚起のポスターが、あちこちに貼ってあったよ」
 千奈も怖い顔をしている。
「迷惑行為?」
「さっき言ったようなことだよ。作家への長時間の話しかけやプライバシーに関する質問、盗撮や、自分との記念撮影の強要、恫喝やハラスメント全般」
「そっか、瑠璃は目を惹く美人だもんね。五年前の四人展のときは…うーん、長いことしゃべってるお客さんもいるにはいたけど、そういう話はなかったなあ」
「瑠璃が最後に三人展をやったときに最低最悪の男がいて、もう無理、ってなったらしいよ。で、あたしが誘われた」
「そうなんだね。…たまに連絡はしていたけど、こちらに余裕がなくて詳しい話を聞いてあげられなかったな」
 自分が情けなくなる。たしかに世間から離れている自覚はある。なにしろ三年ほども、病院とデイサービス施設、一時的にバイトをしていたコンビニしか行ってなかった。卒展どころか、上京さえしていない。だからって、気遣うことさえしてあげられなかったなんてサイテーだ。そりゃあ、こんなんじゃ披露宴に呼ばれないだろう。瑠璃に、なんて謝ろう。
「陽向は介護で忙しかったもんね。時間を取られて絵も描けなかったでしょ」
 千奈が慰めてくれる。
「まあ…そんなかんじだね」
「じゃあ再開?」
 由紀が筆を持つそぶりをする。
「そうしたいな。でもまずは就職しないと」
「それな!」
 ふたりが同時に言い、また笑いが起きた。由紀が続ける。
「大学に相談してみた?」
「まだ。だけど卒業制作を担当してくれた川崎教授はイタリアに行っちゃったし、ほかに頼れるのは柳教授ぐらいかな」
「柳は駄目!」
 由紀と千奈が、揃って声を大きくした。なにこの反応は。
「なんで?」
「知らないの? 学生からセクハラで訴えられてるんだよ」
「教授の部屋で身体を押しつけられたんだって。指導と称して、筆を持つ手を握られることもたびたびあったとか。あいつ、昔から妙に、身体を近づけがちだったよね」
 千奈、由紀、と順に話しながら、どんどんと険しい顔になっていく。
「セクハラかー、教授の部屋ってことは、ふたりきりだったわけ? やばいな」
 私の質問に、千奈はさらに嫌そうな顔をする。
「だから、身体を押しつけられたことの目撃者はいない。柳は誤解だって言い張ってる。けど、訴えた子、スマホで録音してたらしい」
「録画じゃなくて録音だから、証拠としては微妙なラインらしいけど、手を握られたっていう訴えは複数の学生からあるみたい。大学から追い出すべきだって、卒業生の間でも話題になってる」
 由紀が言った。録音しようと思うからには、セクハラ行為は一度ではなかったのだろう。
「そういえば昔、柳教授の部屋の扉が赤く塗られた事件があったね。厳しい指導への不満ってことだったから、いってみればパワハラだね。優秀な先生なのに、そういうやらかしはまずいよね」
 私の言葉に、由紀が眉をひそめた。
「優秀? セクハラパワハラ教授は優秀じゃないよ」
「い、いや、画家として評価されていて、知識が豊富でアドバイスの内容は的確って意味での優秀だよ。人格の話じゃない」
 柳教授は、洋画界で重鎮といえる位置にいる。母校に招かれたのは私たちが入学した年だ。大学にとっては、コネクション作りの一環だったのだろう。
「大学が甘い。学生を指導するんだから、知識やコネより人格優先じゃないと」
「教育者たる千奈が言うと重みがあるねえ。でも結局、赤い扉の謎、真相は不明のままだよね。犯人も」
 由紀が、思いだすかのように虚空に目をやった。