各話に仕掛けられたどんでん返し、そしてラストに待ち受ける巨大な「罠」とは? 水生大海『私のせいではありません』第1話試し読み③
どんでん返しの女王、水生大海が紡ぐ驚嘆連作ミステリ『私のせいではありません』刊行記念特集
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日本推理作家協会短編部門にノミネート経験もあり、『その嘘を、なかったことには』、『最後のページをめくるまで』など、企みに満ちたミステリ小説で人気の作家、水生大海さん。
新刊『私のせいではありません』のテーマは「美術業界の闇」。セクハラ、アカハラなどのハラスメント行為だけでなく、派閥争いやギャラリーストーカーなど、いま社会でも問題視されている若手美術家を取り巻く搾取構造を炙り出す衝撃作です。
その第1話「六年前の赤い扉」を全5回にわたり特別公開いたします。
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「陽向が率先して調べてたよね」
由紀が懐かしそうに笑っている。きっと自分も同じ表情だ。あれから六年と少しが経っている。記憶のなかの柳教授もそれだけ若い。当時で五十代のなかばごろ、今は六十歳を越えたあたりだろう。
「なりゆきでね。あのときは乙羽を恨んだよ。はっきりしないと気持ち悪い、なんて言ったくせに、協力を仰いだら断るんだよ。そんなことに費やす時間があれば一枚でも多く描く、ってことを言われた。こっちだって同じなのに」
あのとき私が、柳教授に言われたとはいえあっさりと調査を放棄したのは、描く時間を惜しんだせいもあったように思う。
「気持ちが悪いかどうか、っていう感覚で話していた乙羽より、論理立てて分析していた陽向のほうを指名したのは、納得だけどね」
千奈がうなずく。
「けれど正直、あのときの調査は不十分だったよね。改めて別の視点から考えてみれば、真相がわかるかもしれない」
二次会の開始までまだ間がある。この時間を利用して、再検証をしてみたくなった。
「不十分って?」
由紀が小首を傾げる。千奈も、いまさらと言いたげな顔だ。
「あのときはたしか上級生に、『教室に遅れてやってきた人や、途中で抜け出した人はいますか』としか訊ねなかったんだよ。出欠をひとりずつ確認したわけじゃなかったんだよね」
「授業に来なかった人を疑ってるの?」
千奈が訊ねてくる。由紀も呆れたように笑った。
「悪戯をするために大学まで出てくるわけ? 大雨なのにわざわざ? あはは、ないない」
「雨になったのは三コマ目の直前だもの。家を出るときには、降っていないよ」
私がそう言うと、ふたりは考えこんだ。
「犯行時刻、つまり三コマ目の開始から十分の間に、靴が濡れるよね?」
由紀が指摘してきた。
「降るまえに着いて、柳教授が出ていくタイミングをどこかでうかがっていたのなら、靴は乾いたままなんじゃない?」
「どこで機会をうかがってたわけ?」
千奈に質問され、私は手元にあったカードに略図を描く。
「B棟と研究棟の渡り廊下。ここに潜んでいたとかは?」
「でも三島さんは、問題の十分の間には誰も見ていないと言ってたんだよね」
「……そうだった」
よく覚えているものだ。乙羽より千奈に協力を頼んだほうが、スムーズだったかもしれない。
「じゃあそのときすでに研究棟にいた、事務スタッフやほかの先生方なら犯人となりうるよね。トラブルはないって柳教授は言ってたけど、本人にその自覚がないことだってあるし」
私は次の犯人候補を提示する。由紀が、なるほどとばかりにうなずいた。
「トラブル相手が誰かはわかんないけど、わたし、柳が騒ぎたてなかったことが、気になってたんだよね」
由紀の言葉が、私をさらに刺激した。
「こういう考えはどう? あのとき三島さんは、事務スタッフはみんな研究室にいた、と言っていた。だから納得したけど、もうひとつ、可能性があるよね」
「可能性? なになに?」
「全員がグル、ってやつ」


