西加奈子さんの作品は、私の中で起きた物語となって、全てが腑に落ちる

菅田将暉さん主演の「ミステリと言う勿れ」という連続ドラマで、虐待されていた過去を持つ「ライカ」役を演じる前に調べたのですが、虐待された経験のある人は他者に同じことをしてしまう傾向があるそうです。親に虐待された人は、愛を上手に享受も発信もできなくて、大切な誰かを傷つけてしまう。貧困と虐待は似たような構図で、貧困層に属する人は、富裕層のポジションには一足飛びに到達できなくて、貧困から抜け出せない。
この本を読んだ後、絶望的な気持ちになりました。「俺」たちが救われる社会になる未来がこの先にあるのかなと思わずにはいられませんでした。
西さんの作品は全て拝読しています。彼女の小説が好きなのは、どんなジャンルのいかなる内容でも、私の中で起きた物語となって、全てが腑に落ちるからです。本書も出版されてすぐ読みましたが、この2年間で読んだ本の中で、一番疲れました。最高峰レベルで主人公たちの全状況を感じとってしまったからだと思います。
今、毎日ご飯を食べられている私には、お腹が空きすぎて眠りながら死んでしまうという未来は想像できません。そんな私が物語を読み進むにつれ、彼らの苦しみを自分のことのように感じ、そのざらつく世界にぐっと引き寄せられ、私自身の物語だと思ってしまったんです。
大学卒業後にテレビ番組制作会社に就職した「俺」が過重労働とハラスメントで心身を壊していく過程とその痛みは、私が同じ業界に身を置いていることもあり、いっそう苦しくなりました。「俺」は辛さを言葉にできずにいますが、言葉にしたら「がんばるのやめちゃうんだ」と判断され、居場所がなくなってしまうとどこかで怯えているように感じます。何よりがんばっていると認められたいんでしょうね。子供の頃から常々、なんでこの世の中は「疲れた」とか「ギブアップ」って言いにくいんだろうと考えていたのですが、その疑問に『夜が明ける』は答えてくれました。そして、昔バレエや仕事や人付き合いで辛くても、がむしゃらにがんばっていたかつての私は、救われました。
「俺」の職場の同僚の森が主張する「苦しかったら助けを求めろ」という教育ではなく、私たちは子供の頃から当たり前のように辛くても我慢して努力しなさいと言われてきたように思います。多くの人は、辛さを訴える感覚さえ忘れているのかもしれませんね。
壮大な話になりますが、根本的には教育システムから変えないといけない気がしていて。徒競走で順位をつけないつけるではなくて、何か一つでも胸を張れる分野があれば認められるように。そういう風に社会が豊かになっていくと、きれいごとかもしれませんが、何かが変わるんじゃないかなと信じたいです。
自分では飛んでゆけない世界に行ってみたい
人格とは、幼少期に培われた基盤に、その後の経験が足し算引き算されて形成されると思っています。なので、本や映画を紹介する時、子供の頃に遡ってお話しすることが多いのですが、「門脇麦はいつも子供の頃の話をするけど、向こう側の人なんだな」というニュアンスのコメントが書かれていて、はっとしたんです。子供の頃の自分のままでは生きていけない人がいるんだって。アキのように虐待されて育った人が、当時の感覚で生きていくのは無理で、私はすごく恵まれているんだと、改めて気付かされました。
だからこそ、アキは「俺」に出会えてよかった。アキ・マケライネンという俳優を知り、高校卒業後、劇団に入団し、一時でも輝きを得て……。アキは「俺」に救われたんだと思います。
誰かの一言がきっかけや救いになり、そういう場を見つけられる人もいれば、できないまま大人になる人も多いと思います。言葉そのものに気付かない人もいるでしょうし、発する側のワードセンスと、受け手側の何かを欲するセンサー、その全ての掛け合わせが必要なので、難しいですよね。
私は小さい頃からバレエを習っていたのですが、中2でプロにはなれないと判断して、辞めました。けれども、表現以外にやりたいことはなくて、ミュージカル、演技、歌のような手段で表現して生きていきたいと思っていた時、映画に出会い、女優を目指しました。表現先を探していた頃の出来事は全て今の仕事に繋がって、今、女優をさせてもらっています。他の仕事はとてもできなかったとも思いますが(苦笑)。
表現はしたいですが、自分で何かを生み出したいと思ったことはくて、誰かが作った作品の方が、私は飛ぶ事ができるんです。自分で踏み出したら、1センチくらいしか飛べないけど、誰かの言葉や設定を借りたら100メートルくらい飛べる。だから、監督や脚本家になりたいという気持ちはありません。脚本家の方が書いた台詞を貸していただき、自分では飛んでゆけない世界に行ってみたいんです、私。
高校生の頃、貪るように本を読んでいましたが、書きたいと思ったこともありません。断片的な集中力はあると思いますが、構想に何年もかけるような長期的な集中力はないし、何より、私にとって読書とは、言葉を脳みそに入れて反芻して、自分と対話している感覚になって、ゼロから生み出されている作品に触れられることへの幸せと気付きに満ちた時間です。
『夜が明ける』は、アキと「俺」の状況に胸を痛めながら読んでいるのに、結局は自分に対する気付きや跳ね返りが一番大きかった。西さんは凄まじい作品を世に出されました。何より、ハラスメントも虐待も、この世からなくなればいい、心からそう願います。

1992年生まれ、東京都出身。2011年デビュー以来、映画やドラマ、舞台を中心に活躍。映画『愛の渦』(14年)、『二重生活』(16年)、『止められるか、俺たちを』(18年)などで数々の映画賞を受賞。他、主な出演作に映画『さよならくちびる』『あのこは貴族』『ほつれる』、連続テレビ小説『まれ』、大河ドラマ『麒麟がくる』、ドラマ『ミステリと言う勿れ』『リバーサルオーケストラ』『厨房のありす』など。現在上演中の舞台『未来少年コナン』(東京芸術劇場プレイハウスにて)に出演している。
舞台情報
舞台「未来少年コナン」
〇東京公演
2024年5月28日(火)~6月16日(日)
東京芸術劇場 プレイハウス
〇大阪公演
2024年6月28日(金)~30日(日)
梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
原作:日本アニメーション制作「未来少年コナン」(監督:宮崎 駿)
演出・振付・美術:インバル・ピント
演出:ダビッド・マンブッフ
脚本:伊藤靖朗
音楽:阿部海太郎
歌詞:大崎清夏
出演:加藤清史郎、影山優佳、成河、門脇 麦、宮尾俊太郎、今井朋彦、椎名桔平 ほか