「どうしていつもむずかしい道を選ぶの?」見知らぬ土地に家を求めた女性たちが得たものとは

『自由の丘に、小屋をつくる』特集

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Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞受賞者・川内有緒ありおさんが執筆したエッセイ『自由の丘に、小屋をつくる』(新潮社)が刊行されました。
40代で母親になって、「この子に残せるのは、“何かを自分で作り出せる実感”だけかも」と考えた川内さん。
コップに水をいれるだけでこぼしてしまうほどの不器用にもかかわらず小屋作りを始めます。
コスパ・タイパはフル度外視。規格外の仲間たちと手を動かすほどに「世界」はみるみるその姿を変えていき…。川内さんと、夫と、幼い娘の3人にとって、人生で一度きりの “不確かな未来を生きるための旅”を記した、読む者の心と価値観を揺さぶるドキュメントです。

25年間の東京生活を経て、著者の小屋があるのと同じ山梨県に移住、築130年の古民家「遠矢山房」をリノベーションした、エッセイスト・料理家の寿木すずきけいさんが本書の読み所を紹介します。(本文・寿木けい)

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川内さん一家が知恵を絞り、低予算で作り上げた小屋
川内さん一家が知恵を絞り、低予算で作り上げた小屋

 

 川内有緒さんと同じく、何かしらを「建てた」経験があるということで、このたび白羽の矢を立てられた寿木けいと申します。選んだ土地が山梨であるという点も、同じです。
 しかし、「建てた」といっても、知恵を絞り低予算で小屋を作り上げた川内さんに対し、私の場合は、古民家の大規模改修を行い、和室の漆喰を自分たちで塗った以外はすべて工務店と職人の力を借りました。
 じゃあ共通点があまりないのかというとそんなことはなく、ああ、この気持ち、よく分かるなあという箇所が、読み進めてすぐの部分に出てきます。
 川内さんの海外でのキャリアは本書に詳しいですが、その川内さんが片道切符を手にアメリカへ向かったのは、22歳のときでした。出発前夜、極度の緊張の中で、川内さんは自問自答し続けます。この先に何があるの? とてつもなく間違った道へ行こうとしていない?
 それから20年以上が経ち、このときと同じ気持ちを小屋に対しても抱くのです。本当に作るの? なんのために?
 私は2022年に山梨に移住して、安定した不安(社会的な夫婦を続けること)より、不安定だけど自由がきっとある未来を選択しました。おまけに大きな家まで女ひとりで建ててしまって、本当に、生き散らかしています。どうしていつもむずかしい道を選ぶの? そのままでいたって良いのに──家族や友人に何度こう言われてきたことか。川内さんもきっとそうではないかと思うのです。
 望んで足を踏み入れた世界。それなのに、今ならまだ引き返せると行きつ戻りつするうちに、人を巻き込み、時間に味方され(たまに見放され)、歯車が動き出していく。しかもそこには、子育てという、待ったなしのタスクがピタリとくっついているのです。

大きさもデザインも位置も、大切に考えられた、川内さんだけの窓
大きさもデザインも位置も、大切に考えられた、川内さんだけの窓

 川内さんは迷いながら小屋を作り、迷いながら子供を育てていきます。ドローンのような視点で見れば、登場人物(魅力的なひとばかり!)はそれぞれにそれぞれの暮らしを生き散らかし、小屋はその中でゆっくりですが着実に、形になっていきます。
 生き散らかす。私はこの言葉を、自分への励ましや照れ隠しを込めてよく使うのですが、川内さんに対しては、そこに憧れと共感が加わります。なんせ22歳のときに、安定した不安(たとえばそれは、日本でぼんやり就職すること)より、不安定だが何かがある、その何かを見てみたい、そう思って新天地へ飛べたひとなのですから。別荘や賃貸で田舎暮らしを体験するのではなく、土地探しから始めて小屋作りに着手したひとなのですから。

 不安定な未来を「確かなもの」に変えていくものは、自分の手、そしてひととの出会いです。
 本書を読んでいると、小屋作りの過程に「ゾーンに入っている」と感じられるシーンがいくつも出てきます。
 ゾーン。何かに夢中になって、時間も、自分の存在さえも忘れてしまうような、連続した瞬間。私も書き物や料理をしているときに、ポコっとゾーンに突入することがあります。逆にいうと、気分が乗らないときでも、手を動かせば、体が目覚める。この充実した感覚は、手を動かしたひとだけが得られる褒美のようなもので、本書のなかにもたっぷり描かれています。しかもその手が、ひとり、またひとり、増えて、重なっていくのです。
 川内さんの小屋は、まだ完成していません。「選んだ道を正解にしました」といった力強い宣言とともに本書が締めくくられていないことに、私は胸がじわっと温かくなりました。そして、こうして一冊の記録に残しておきたくなるような「生」を、仲間とともに生きていることが、とてもまぶしく、うらやましい。
 誰かのことがうらやましいとき、私はこう考えます。私には変われる余白がまだまだあるんだと。本書のような、ごく私的な記録にこそ、たくさんのヒントがあります。小さな窓を覗かせてもらうと、その先には思いがけず、大きな世界が広がっていたというか。
 川内さんは、小屋の窓から山梨の風景をよく眺めているそうです。大きさもデザインも位置も、大切に考えられた、川内さんだけの窓です。小屋を持つということは、自分だけの視点を得ることかもしれません。

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寿木けい(すずき・けい)
エッセイスト・料理家。出版社勤務を経て、執筆活動に入る。25年間の東京生活の後、2022年に山梨県に築130年の古民家と農地を購入し移住。著書に『わたしのごちそう365』、『泣いてちゃごはんに遅れるよ』、『土を編む日々』など。富山県出身。
https://www.keisuzuki.info/

自由の丘に、小屋をつくる

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