第一回 ④

ムーンリバー

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前回のあらすじ

真下蘭、27歳。主婦で、嫁ぎ先が営む〈デリカテッセンMASHITA〉の手伝いをしている。昨年夫の晶くんが事故死した後も、真下家で、義理の両親、義兄・翔、義弟・響、そして息子の優と暮らしている。優は半年前に離婚して真下家に戻ってきた翔伯父さんと、どう接していいのか困っているみたい。名前通りに、優しくて優秀でいい子な優は、笑顔や仕草が晶くんにそっくりになってきた。

イラスト 寺田マユミ
イラスト 寺田マユミ

「蘭ちゃん」
「はい」
 店前にいたお義母さんに呼ばれて振り返ったら。
「あれ?」
 陸が来た。
 兄。正確には、私にとっては従兄。鈴ちゃんにとっては従弟。
「どうしたの?」
「様子見に来た。看板やポップやら壁やらいろいろ」
 あぁ、それね。言ってたね。しばらく経ってから様子を見て、汚れとか目立つようであれば素材変えたりするからって。
「響くん、中だよ」
「うん」
 肉・総菜店〈ました〉を〈デリカテッセンMASHITA〉にリニューアルする計画を立てたのは、晶くん。その晶くんが亡くなってしまった今、三代目を継ぐのは私にとっては義弟の響くん。だから、デザインを担当した陸と話をするのは、響くんになるんだ。
 陸と、晶くんが並んで話をしているところを見ていると、幸せな気持ちになっていった。大好きな兄の陸と、大好きな夫の晶くん。二人でいる姿を見ることはもうできなくて、代わりに響くんがいる。
 それが、淋しいと思ったり、どこかに何かが引っ掛かるような思いにとらわれたりしている。

      *

 晩ご飯は、七時。
 営業時間は八時までなのでまだお店は開けているんだけれど、優が生まれて一緒にご飯を食べられるようになってからは、七時にした。閉店後の八時過ぎでは子供には遅すぎるからってお義父さんが。いつも、お義父さんとパートの望月もちづきさんが最後まで残っている。ときには、お義母さんとお義父さんが交代して、優と一緒の晩ご飯。
 お総菜屋さんにお嫁に来て何が楽かって、毎日のご飯のおかずをびっしり作らなくていいこと。
 作るのは朝ご飯と、お店に並ばないメニューのときだけ。
 たとえば、カレーライスとかハヤシライスとか、シチューとか、焼き魚とか。肉料理にしたってそもそもお肉屋さんだから、そこにあるお肉を使って調理すればそれで良し。生姜焼きだって、晩ご飯にしたかったらお義父さんがささっと作ってくれる。何かでバタバタしていたらとりあえずご飯を炊いてお味噌汁さえ作れば、後は残り物の総菜を取り揃えればそれで良し。