たしかに戦前の人物であれば「飛行機」と言われてボーイングのジェット機は想像しない。「後藤さん」の頭にある飛行機は、おそらくグァムあたりで燃料が尽きる、二人乗りのプロペラ機だ。
しばらく細かい説明を続けたあと、ハルさんはおもむろに巾着袋からマッチを取り出した。箱には「喫茶モダン」という文字と、その電話番号が印刷されている。
「それじゃ後藤さん、今からこれを送るからね」
と言って、俺がファミマで印刷したeチケットを地面に置くと、マッチを擦って火をつけた。
陽射しがあまりにも強いので、紙は炎の輪郭も見せずに、すっと煙へと消えていく。音も臭いもほとんどない。
お焚き上げ、とでも言うのだろうか。霊にモノを渡す方法は、それを燃やす。可燃物だろうと不燃物だろうとおかまいなく燃やす。
正確には、遺体の埋葬手段と同じ処理をする。そういうルールだ。
相手が土葬なら土に埋めるだけで済むのだが、あいにく日本で土葬はほとんどない。だからこうやって、人目を避けて放火魔じみた行為をしなければならない。
ハルさんが仕事を真っ昼間にやるのは、火を目立たせないためなのだろう。念のために手投げ式の消火剤を俺が持っているが、いまのところ出番はない。
大人一名、ハワイ行き。ゴトウ・サブロウ様、1908年生。
格安航空の予約サイトが、1901年生まで対応していたので助かった。霊の個人情報は正確に入力しないと、俺に予想できないタイプの不都合がありそうだからだ。パスポート番号は「申請中」をチェックすれば空欄で行けた。
そうやって入手したチケットが、ブロック塀の前で煙と少しの煤になった。
もったいない。
あくまでeチケットなので、この紙が焼けることで何かが失われたわけではないが、3万円もしたハワイ行きの席に誰かが座ることはない。なにしろチケットに書かれた人物は、60年前に死んでしまったのだから。
ゆっくりとハルさんの目線が上がっていく。そこにいる何かが上昇しているのだろう。霊が成仏的なことをしているのか、それともハワイに飛んでいっているのか、そこのところは俺にはわからない。
「後藤さん、どうか貴方の心が、これから平穏のもとにありますように」
とハルさんは手を合わせた。
右手を握って、それを左手で包みこむ、ちょっと変わった祈り方だ。ハルさんのやることは仏教にも神道にもキリスト教にも、その他どの宗教にも微妙に似ていない。だからこそ、彼女が心から、そこにいる霊の平穏を願っているように見える。
そこに霊がいるとすれば、ということだが。