第六回 家にはいづらくて

母へ

更新

前回のあらすじ

僕は中学に進学後、本格的にいじめられるようになりました。当時の僕は少し落胆していました。中学受験をクリアすれば幸せな日々が自分を待ち受けていると考えていたものの、現実はそうではなかったからです。むしろ、自分の人生は、困難さを増していきました。

拝啓

母へ

 近頃、外の日差しが少し春めいてきました。やっと冬が明けそうです。言語表現の決まり文句には「当たり前のことを深そうに言う」というパターンがあります。やまない雨はなく、春は必ず来て、日はまた昇る。

 そんな決まり文句が人類史の中で永遠に繰り返されるのも、時折そんなことが信じられなくなる日も来るからで、真冬の深夜に雨が降っていてそれが永遠に続きそうな気がするときもあるからかもしれません。僕の人生はどちらかというとそういうもので、これから先に何か良いことがあるという期待を抱くことが今も少し難しいです。

 よく行くカフェの音楽にノイズが混じりだしてから一カ月、それは一向に改善される様子はありません。最初は、そういう演出のいささか前衛的な曲かと思っていたのですが、どうやら単純にスピーカーが壊れているようで…。何か、これが映画だとしたら、主人公の精神が壊れつつある予兆みたいなシーンだという感じがします。歪んだボサノバが鳴り続けるカフェで今日も仕事をしています。必ず春は来るように、この音もいずれは直ってくれたらいいのですが。

 今年はいいことがあるといいなと思います。

 僕の中学受験と前後しますが、小学六年生の頃、阪急デパートの地下で買い物をしていたときに、僕の目の前であなたは倒れました。あなたは医務室に運ばれ、ベッドで横になっていました。僕は傍らであなたを見守りながら、死んでしまったらどうしよう、と心配しました。以来、それまで元気だったあなたは体調を崩すようになりました。
 原因がわからず不安に思ったあなたは、病院をいくつか回り、最終的には心療内科で診断を受けました。

 やがてあなたは電車に乗ることが出来なくなりました。

 僕が中学に進学後もあなたの体調は悪く、徐々に僕はあなたとうまくわかりあえなくなっていきます。
 僕はあの頃あなたに酷いことをたくさん言ってしまいました。
 ごめんなさい。