第二回 ④
更新
前回のあらすじ
真下蘭、27歳。義父母の勧めもあって、今後のことを話し合うために、夫の一周忌の1週間後、息子の優と実家に戻ってきた。両親と姉の鈴ちゃんと娘のやよいちゃん、従兄の陸もわざわざ来てくれた。陸は両親を事故で亡くしていて、それからずっと一緒に住んでいる。家族の一人である陸が真ん中にいたことも、私たち阿賀野家を、仲の良い家族に仕立てていたんじゃないかって、思える。
やよいちゃんは、鈴ちゃんにそっくり。顔形はもちろん、佇まいとか喋り方とか、もう三年生になってすっごいお姉ちゃんになってきたらますます。
優のこともとても可愛がってくれていて、今日も一緒に寝てくれた。
いとこ同士。ずっとずっと仲良く過ごしていってくれたらいいなぁ。私たち親が死んでしまった後も。
お父さんもお母さんもお酒を飲まない人だから、うちでは晩酌っていう習慣は一切ないんだ。私たち子供たちはそれなりには飲むようになっているんだけれど。
コーヒーや紅茶に日本茶。それぞれが好きなものを自分たちで淹れて、飲む。
「真下のね、お義父さんお義母さんがね」
「うん」
「まだ若いんだから、いい人を見つけた方がいいとは思うんだって。だけど、このままうちの娘としてずっといてほしいとも思ってる。私が幸せだと思う道を選んでくれれば、きっと優も幸せになるし、私たちもそれを望んでいるからって、そう言ってくれてね」
うん、って皆が同じように頷く。
「いい人たちよね真下の皆さん」
「翔さんはちょっとわかんないけどね。あまり話したことないし」
私もいまだに翔さんのことはよくわからないけれど。
「一年経っちゃったものね」
鈴ちゃんが溜め息交じりに言う。
「もう、大丈夫? そう訊くのもなんだと思って、今まで何も訊いていなかったんだけど」
「うん」
愛した人が、死んでしまった。その感情は、そうなった人にしかわからないだろうし、そもそもわかりあえるようなものでもないと思う。
お義父さんお義母さんは、息子が死んだんだし、翔さんや響くんは兄弟が死んだ。
愛した人が亡くなったという事実は同じだけど、そこに生まれる感情はそれぞれに違うものだと思う。
「大丈夫かと訊かれれば、毎晩思い出して枕を濡らすようなことはないから、大丈夫だよって言えるし、じゃあまだ若いんだから他にいい人を見つけなさいって言われたら、そんなことできそうもない、って今のところは思うし」
きっと、何をしても誰に会っても、晶くんを思い出すんだ。思い浮かべるんだ。
たとえばお見合いをしたとしても。婚活サイトを眺めたとしても。マッチングアプリを使おうとしても。
晶くんのことを考えてしまう。
「そういうものが消えるのはいつになるのか、そもそも消えていくものなのかどうかも、わからない」
「そうよね」
お母さんが言う。
「消えるものじゃないわよねきっと。経験はないけれど、好きなまま別れた元カレのことをいつまでも思い出すみたいに」
「え、思い出すのか」
お父さんがちょっと首を動かした。
「え、思い出さない? 元カノいたでしょ? 一人や二人は」
「いたけどな。思い出すか?」
考えている。
「私には訊かないでね」
鈴ちゃん。そうだね。思い出したくもないよね。あんな元夫のことなんか。
「ボクにも訊かないでね。たくさんいるから」
「たくさんなんだ」
ゲイの人たちの、そういうものの観念はどうなのか。私たち異性愛者たちと何か決定的に違うものがあるのか。訊かないけど。
「このまま、向こうにいるのかどうか、って話でしょう? 一年経ったんだから、名前だって阿賀野になってるんだから戻ってきてもいいんじゃないかって。それはもう蘭が決めることだからねぇ」
陸が言うけど。
「名前、戻ってないよ?」
「え? そうなの? だって晶くん亡くなってしまって夫がいなくなったんだから、元に戻るんじゃないの?」