三日目【18】 神田里子は彼氏とぼんやりテレビを眺める。

タニンゴト

更新

前回のあらすじ

風俗店に勤める神田里子は、なじみ客の森から「付き合ってほしい」と告白される。翌日、初見の客のもとへ向かった里子は男たちに襲われるが、部屋に飛び込んできた森に助けられた。「ファミレスで知り合いに声をかけられたら交際する」という賭けをした里子は、行きつけのコンビニ店員に声を掛けられ…。

Photo/Tatsuro Hirose
Photo/Tatsuro Hirose

 神田かんだ里子りこはコーヒーを飲みながらソファに座って、ぼんやりとテレビを眺めていた。隣にはもりがいたが、その肩に頭を乗せるようなことはない。森も神田里子を抱き寄せたりはしない。二人の間には適切な距離があり、それが心地よかった。
 数時間前に考えた予定ともいえない予定はすべて終えていた。部屋の中にあったゴミはいくつかのビニール袋にまとめられてすっかり片付いていた。ベッドのシーツはしわだらけになっていた。
「前にも言ったけど」
 森が言った。
「結婚も考えて欲しいって思ってる」
「気が早いよ」
 神田里子は答えた。
「まだ、お互い、どういう人か分からないし…、色んな相性は、悪くないみたいだけど」
 横目で見ると、森は赤くなっていた。
「私もこれからどうするか決めてないし」
 そう。まずはそれを決めよう。
 これと言ってやりたいことも見当たらない。これからどうなるかは、まったく分からない。そう、これもまた、分からないことのひとつ。
「ねえ」
 神田里子は言った。
「なにか食べようか。作ってあげるよ」
「え? いいよ。悪いから」
「やりたいの。でも、何もないから、色々買ってこないと」
 先のことは分からない。だからまず、目先のことをひとつずつ片付けていくしかない。
「調味料とか重いから、買い物付き合って」
「もちろん」
 そう言って、ソファから立ち上がりかけた森の目がテレビに向いた。
「あ」
「どうしたの?」
「この子、助かったんだ」
 釣られて神田里子もテレビに目を向けた。
「三日前から行方不明になっていた、竹川たけかわ遼太りょうたくんが、先ほど山中で発見されました。遼太くんは脱水症状を起こしていますが、意識もはっきりしており、命に別状はない模様です。なお、発見したのはハイキングに来ていた男性で…」
 アナウンサーの声とともに、画面には男性の姿が映し出されていた。
「ん?」
 森が声を上げた。
「この人、最近乗せたような気がするなあ」
 改めて神田里子は画面に映った男性を見つめた。取り立てて特徴のない顔立ちで、何人もの記者からマイクを突きつけられて、困ったような顔をしている。