君といた日の続き

君といた日の続き

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 ディズニーランド──と、思わずおうむ返しした。この夏の記憶が、滝のように脳に流れ込んでくる。出口に向かうアーケード。店から勢いよく走り出てきた少女。笑顔で差し出してきた小さなショップバッグ。《プレゼント包装をしてもらわなかったのは、ちきゅーおんだんかを防ぐためです》──夜空に浮かぶ月の輝きにも似た、スタイリッシュな銀色のボールペン。
「店員さんが『おめでとうございます!』って笑顔で鐘を鳴らしてくれてるのに、隣にいた母なんか、今にも泣きだしそうな顔をしちゃってね。そりゃそうだよね、ディズニーランドなんて言われたら、嫌でも美玖のことを思い出すもの。私だって、どうせ当たるなら二年前がよかったなぁとか、いろいろ思うところはあったけど…」
 紗友里が言葉を止め、しばし考え込むように俯いた。それから決心したように顔を上げ、こちらに向き直る。
「譲くん、一緒に行かない?」
…え?」
「美玖の遺影を持って、パレードを見せてあげたり、アトラクションに乗せてあげたり…ペアチケットの使い道としては、なかなかいいんじゃないかと思ったんだけど。あ、やっぱり変かな? 私たち、もうアラフィフだもんね。ごめん、今のは忘れて! やめよ、やめよ」
 紗友里が顔を赤くして、しきりに首を左右に振っている。じゃあまたね、と取り繕うように言いながら去っていこうとする彼女の背中に、譲は慌てて呼びかけた。
「──いいと思うよ!」
「えっ」紗友里が驚いたように振り返る。「ほんとに?」
 二人して想像以上に大きな声を出してしまっていたらしく、遠くの墓石の周りに集まっている家族連れの視線を感じた。急に恥ずかしさを覚えながら、小声でしどろもどろに付け加える。
「でも、ランドじゃなくて、できれば今度はシーがいいかな」
「シー? どうして?」
「あ、いや…なんとなく、だけど」
「意外。どっちのパークがいいかなんて、譲くんはこだわりないんだと思ってた」
「ほら──美玖だって、小さい子が集まるランドより、大人向けのシーのほうが好きになる時期なんじゃないか? そろそろ、さ」
 内心焦りながら、それらしい理由をひねりだす。紗友里は納得したように頷き、「もう美玖も小学五年生だもんね」と目を細めた。
「紗友里が当てたチケットって、パークは選べるのかな?」
「たぶん、大丈夫だったと思うよ。あとで確認しておくね」
「ありがとう」
「美玖ぅー、よかったね、パパとママと三人で、ディズニーシーに行けるよ。家族でシーに行くのは初めてだねぇ」
 紗友里が優しげな口調で、墓石に向かって話しかけ始める。「そうだよ、三人で行くんだぞ」と譲も声を重ねた。一時期は忘れかけていた“父親”としての振る舞い方を、この夏の“リハビリ”のおかげで、今では完璧に思い出せているような気がする。
 最後に二人して手を振って、お墓の前を離れた。不意に日が照り始め、揃って空を見上げる。
「この感じだと、また気温が上がりそうね」
「さっきまでは涼しかったのにな。雨のおかげで」
「九月の終わりって、昔からこんなに暑かったっけ? 地球温暖化のせいだよ、きっと」
 紗友里が憤慨したように言うのを聞き、ふと笑ってしまいそうになる。そういえば、ちぃ子は現代の暑さに辟易へきえきし、過去の時代に戻ったら地球温暖化を食い止めるよう努力したいと話していなかったか。そんな彼女が大人になって就職したのは、結局、譲と同じ自動車ディーラーだ。努力するどころか、責任を追及される側になってどうするんだよ、ちぃ子。
 でも、今の譲は知っている。世界は見えないところで変わり続けている。エネルギー改革が進み、自動車が二酸化炭素を吸って酸素を吐き出すような時代も、いつかきっと──いや、どうだろう、さすがにそこまでは難しいか。
「あ、見て! あれ、虹じゃない?」
 紗友里が声を弾ませ、遠くの空を指差した。
 家々の屋根から立ち上る七色の帯が、譲の目にもはっきりと映る。
 その橋の上を、美玖が楽しげな足取りで歩いている。走って追いついてきたのは、真っ黒に日焼けしたちぃ子だ。美玖とちぃ子が手を繋ぎ、仲良くスキップを始める。そんな二人の小さな背中を、同じくらい背の低い小学生の譲が、後ろで微笑みながら見守っている。
「ほんとだ、虹だね」
 空を見上げる譲と紗友里の肩が、そっと触れあった。

(おわり)
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