第一回 怪異を呼ぶ家屋敷が主役!?「迷いの旅籠」

宮部みゆきのこの小説がスゴイ!

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イラスト 星野ロビン
イラスト 星野ロビン

 京都は着倒れ、大阪は食い倒れ。ではここでクイズです。奈良は何倒れと呼ばれているでしょうか?
 関東圏の人には難しいクイズですね。答えは「建て倒れ」。奈良には寺社の巨大建築だけでなく、個人の豪邸も多いのです。「建て倒れ」を関東風に言い直すと「普請道楽」という言い方になりますね。食い道楽はもちろん、着道楽よりもさらにお金のかかる厄介な道楽です。
 この点で宮部さんは、三島屋変調百物語において、普請道楽を楽しんでいると断言していいと思います。
 タイトルだけ眺めてみても、『おそろし』の中には「凶宅」「家鳴り」があり、『泣き童子』では「くりから御殿」、『あやかし草紙』では「開けずの間」、最近刊の『黒武御神火御殿』でも、その表題作が、壮大なスケールで館の怪異を語っています。
 宮部さんと生年月日の全く同じ作家・綾辻行人さんに『十角館の殺人』を嚆矢とする「館」シリーズの傑作ミステリー群がありますが、同じ星の下に生まれた二人は、作品上の普請道楽という共通点を持っているということになります。
 そもそも道楽という以上、意匠を凝らした設計の変奇館が登場するのが常ですが、その西洋建築版が綾辻さん、江戸時代版が宮部さんということになるんじゃないでしょうか。

三鬼 三島屋変調百物語四之続

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 さて、今回取り上げるのは「迷いの旅籠」です。家屋敷が陰の主役といっても差し支えない作品で、『三鬼』(角川文庫)に収録されています。
 語り手として三島屋のおちかに相対したのは、なんと十三歳の女の子です。とても礼儀正しいしっかりとした娘だけれど、相模者で言葉が垢抜けない。「まぐる笛」(『泣き童子』所収)の若侍ほどの国訛りはありませんけどね。
 おつぎ、というその娘は、名主に言われて、あることを江戸に住まう領主たちに願い出るために江戸にやって来た。三島屋を訪れておちかを相手に話す行為は、まあゲネプロ、予行演習のような位置づけらしい。
 この経緯を、おちかはさらりと、おつぎから聞き出してしまうわけですが、それを含めてすこぶるユニークな設定ですよね。
 さて、問題の屋敷は、ご隠居様と言われた名主の亡父の離れ家です。主人を失ってしばらく経つが、荒廃の気配はさほどでもない。
 江戸からやって来た絵師は、おつぎに、その意図を隠してこの離れ家に案内させたことから怪異が始まります。この絵師、現代風に言えばスーパーリアリズムに属するタイプで、何もかも忠実に写し取ろうとする。それがエスカレートしてゆき、村全体を、死者まで含めて再現しようと試みる…。
 絵師の本当の目的は別にあったのですが、彼の試みと、村伝統の行灯あんどん祭りが重なりあうことで、怪異が続けざまに起こることになる。それが行灯祭り本番の夜に最高潮に達するのです。一部始終を見ていたおつぎは、この世とあの世の境目までも目撃したらしい。
 語り終えたおつぎを気に入ったおちかは、その場の機転で、名主の目的を叶える役目を、より効果的な人物に振ることまで提案するのですが、聞く側が語る側の事情に介入することになるのも面白いところです。おつぎのことがよほど気に入ったのでしょう。
 妖しくも悲しい物語なのですが、語り終えた後の微笑ましさが印象的な作品です。