第二回 底知れぬ恐怖を抱き続ける作品「泣き童子」
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三島屋変調百物語には、口を利かないキャラクターが登場する話がときおり見られます。その中で怖さの点で極め付きなのが、今回ご紹介する「泣き童子」です。
もとは捨て子で、看板屋に引き取られた末吉は、二つになり三つに手が届いても一向に言葉を発しない。その代わりと言うべきか、度を越した泣き方で一家を困惑させます。ふだんは大人しいのに、何かの拍子に泣き出すと、身もだえし、息を切らして泣き続ける。口が利けないものだからその理由に見当がつかない。そこである日、十二になる姉のお七が毅然として提案します。どんな時に泣き出すのか、私が弟のそばについていてこの眼で確かめますと。
そしてついに彼女は、特定の人物を見た時だけ泣くのだという確信を得る。これで一件落着かと思いきや、直後に思いもよらぬ惨劇が起こり、末吉の神通力が不幸な形で証明されます。
人が隠している悪事を見抜く霊力ならば、たとえ言葉を発しなくとも、難事件の解決役となって危機を救うことも十分に考えられますね。
ですがこの物語は違っている。
実は私、読み返すのをいつも躊躇うほど、この作品に底知れぬ恐怖を抱き続けているんです。
この末吉は、先ほどチラリと触れた惨劇を経て、このお話の語り手のもとに引き取られます。この話し手、ひどくやつれていて今にも倒れ伏しそうな様子。三島屋の聞き手・おちかのもとに、紹介なしで飛び込んできた経緯もあります。そのこと自体がまた謎で、読者としては気になるところなんですが、ラストにならないと理由はわからない。ここはお読みいただくしかありませんが、一つだけヒントを差し上げようと思います。
『今昔物語』の本朝仏法部は、仏教的な因縁話がふんだんに収められた巻です。この中のひとつのパターンに、子供が親を責め苛むというものがある。そこには「え、まさか、マジで?」と現代人には理解不能な悪縁が関わっているらしい……。末吉にまつわるその後の展開を読み進むと、いつも私は『今昔物語』を重ねてゾッとなるんです。
物言わぬはずの末吉ですが、物語の最後になってついに口を開きます。その時の言葉、その声が描かれるシーンのおっかないことと言ったら……。
角川文庫のカバーイラストに描かれた童子はなんとも愛らしい姿ですが、お読みになる際には、肚にぐっと力を入れてからにしてください。