作家の長野まゆみ 作家の実体験と小説の中のエピソードの関係について語る

テレビ・ラジオで取り上げられた本

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 作家の長野まゆみさん(56)が3月13日NHKラジオ第1「マイあさラジオ」のコーナー「著者に聞きたい本のツボ」に出演。誰もが気になる作家の実体験と小説で描かれるエピソードの関係について語った。

■実体験をもとにしたのか?

 2015年に長野さんが上梓した『冥途あり』(講談社)は泉鏡花文学賞や野間文芸賞を受賞した一作。同作は語り手である「私」が家族や父の人生に思いを巡らす小説だ。番組聞き手の野口博康さんに、「私」は長野さんご自身と思えるのですが、と問われ、長野さんは「私の記憶の中からエピソードを借りてきた部分はあるが、完全に小説として読んで頂ければ」と語った。同作の中では語り手の父親が戦時中の広島で被爆していたことが明らかになる。その部分は長野さんの父親の体験と同じだと明かされた。

■被爆した父の記憶

 長野さんの父親は昭和二十年広島に疎開していた。母親が原爆投下のその時期に父親が広島にいたことを知ったのは結婚してずいぶん経ってからだったという。親族もそのことにほとんど触れなかったという。当時の人々は結婚に障る事があるからなどの理由で、広島にいたことを言わないでおこうという主義の人がほとんどだった。被爆体験を思い出そうとすると意識が白くなってしまい、その当時の記憶に辿りつかないという人も多くいたと長野さんは語る。実際長野さんの父親も当時中学生だったのに、広島で住んでいた場所を思い出す事すら出来なかったという。

■登場人物の内面を書かないのはなぜか

 作中では父親の内面は一切描かれない。長野さんはその理由として昭和の庶民の個性と、自身の小説技法からくるものだと解説した。当時の庶民は「職人」と言われれば自分の事を「職人」と思い、「穏やかな人」と言われれば自分は「穏やか」だと理解していたのではないかと長野さんは語る。特に自分を主張せず生きていた人がたくさんいるのではないか、そういう昭和を生きた人たちを文章にできればと今作に込めた思いを語った。そして長野さんは「自分は人の内面を書く趣味がない」とも告白した。そこを批判されることもあるが、自分は必要がないと思っている、と長野さんの小説に対する考え方がはっきりと明かされた放送となった。

 NHKラジオ第1「マイあさラジオ」のコーナー「著者に聞きたい本のツボ」は毎週日曜6時40分ごろに放送。聞き手は野口博康さん。

Book Bang編集部
2016年3月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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