<書評>『デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界』村上春樹 著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界

『デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界』

著者
村上春樹 [著]
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163918099
発売日
2024/02/22
価格
2,530円(税込)

<書評>『デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界』村上春樹 著

[レビュアー] 中条省平(学習院大学フランス語圏文化学科教授)

◆ジャズ愛語る澄んだ言葉

 村上春樹は作家になる前、ジャズ喫茶を経営していた。彼にとってジャズはかけがえのない人生と芸術の糧だった。

 本書では、そんなジャズに捧(ささ)げられた時間が、鍾乳石から滴る水のように澄んだ言葉となった。その解説に耳を傾け、収録された188枚ものアルバムのカラー図版を見ているだけで、ジャズが最も魅力的だった時代の響きがよみがえる。

 デヴィッド・ストーン・マーティンは、主にクレフやヴァーヴ等のレコード会社でジャケット・デザインを行った画家だ。ちょっとベン・シャーンを髣髴(ほうふつ)させる画風で、音楽家との親密な交流から、独自の鋭さとユーモアを兼備する心のこもった肖像を描いた。パーカー、ホリデイ、パウエルなどは、とくに印象に残る。

 単純だが大胆な色使いと、なぜか電球や、鍵の垂れた扉や、動物などをあしらう謎にみちた画面構成でも、一度見たら忘れられないレコードを数多く作った。

 マーティンの画面と中身のジャズの説明が見事に溶けあって、私たちを絵と音楽の温かい喜びに導いてくれる。

(文芸春秋・2530円)

1949年生まれ。近刊に『中国行きのスロウ・ボート』復刻版。

◆もう一冊

『ポートレイト・イン・ジャズ』和田誠、村上春樹著(新潮文庫)。ジャズの名盤を紹介。

中日新聞 東京新聞
2024年3月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク