人間は、道徳的に他人を責めることで快感を得る
どうしてこういう非合理的なことが起こってしまうんでしょう?
橘玲さんの『「リベラル」がうさんくさいのには理由がある』には、「人気バンドのボーカリストと女性タレントの不倫」に関して、次のような一節が載っていました。
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「道徳」の特徴は、なにが不道徳かを知っていても、その理由を説明できないことです。ある心理学者が、「実の姉妹と避妊したうえでセックスすること」「捨てられていたアメリカ国旗でトイレ掃除すること」「自動車事故で死んだ犬を飼い主が食べること」が道徳的かどうか訊いたところ、すべてのひとが「不道徳」と即答しました。
しかしなぜそれをやってはいけないのか質問すると、説明できたひとは一人もいなかったのです。
(中略)
他人を道徳的に攻撃すると、脳の快感を司る部位がはげしく活性化することがわかっています。道徳は最大の娯楽のひとつですが、それを認めるのは不都合なので、ひとびとは怒りによって自分の「不道徳」を正当化しようとするのです。
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つまり、こういう風に人を責めるのは、「良い」「悪い」の話ではなく、私らの脳にあらかじめプログラムされているのだということですね。
タレントのベッキーの不倫にしても、ショーン・Kの経歴詐称にしても、不道徳だといって責める人が必ず出てくるけど、この人たちは何の権利があって責め立てているかよくわからないし、本人たちも自分に対しなぜこれほど怒りを感じるのか理解していないでしょう。
そういう理由のない怒りだとか衝動というものを、私たちは持っている。その怒りを収めるために「生け贄を殺す」ことが政治の本質なのではないでしょうか。
王様という生け贄を求める私たち
王様と聞くと、偉くて何でも思い通りにできる人というイメージがあると思いますが、古代の王様は必ずしも絶対的な権力者というわけではなかったようです。
例えば、人類学者ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』には、未開社会における「王殺し」の神話や伝承が多数収録されています。
社会が安定的に運営されている時、王様はすごく敬われます。王様は宇宙そのものであり、王様が良い状態であればすべてがうまく回る。だけど、地震や日照りといった災害が起こると、王様が生け贄にされて殺されるということが往々にして起こったんですね。災害が起こるのは、王様が怠慢だったり罪を犯していたりするからだと、責任を負わされてしまったんです。王様は世界の秩序を司っている存在であり、王様が能力を失ったのであれば殺害して秩序を回復させようということなんですが、この根底には先ほど紹介した脳の仕組みがあるんでしょう。
地震や日照りについて誰も責任は取れませんが、取れないといって放っておいては私らの感情は納得しない。何かで鬱憤を晴らさないと、我慢できなくなってしまう。
不道徳と思われる人を見かけたらその本人を攻撃して鬱憤を晴らせばいいんですが、国や社会に対する不満のはけ口としては、結局王様が一番適当なんですよ。
未開社会や古代には、実際に王様を殺したり、身代わりになる人を殺したりしたわけだけど、時代が進んでくると王様を廃位させるくらいで済ませるようになっていきました。それでも、ヨーロッパの市民革命では、王様を死刑にすることが旧体制から脱却することの象徴でした。
また、20世紀の終わり、1989年の東欧革命でもルーマニアの独裁者チャウシェスクは処刑されていたりする。王殺しは今の私たちにも無縁ではありません。
王様という生け贄を殺す代わりに、政治家や社長をクビにする。そういう風に私たちはずいぶんと文明化されてきました。選挙で自分たちの代表を取り替えることができる自由民主制は、人間社会にとっての到達点かもしれません。
だから、「選挙とは現代政治に不可欠な祭祀である」と私は思います。
私たちには生け贄を求める脳が残ったままです。政治体制が独裁制であれ民主制であれ、民衆の心が動く仕組み自体は昔からたいして変わっていません。
だいたい、文明化された現代でも、災害や景気なんて人間の思い通りにはなるはずがないじゃないですか。景気がよくならないからといって、国のトップを変えるのはまったく合理的ではありませんが、生け贄を求める私たちのガス抜きとしての効果はあります。やっていることは、古代の王殺しと同じです。
結局のところ政治とは、理不尽に暴発する民衆の心をいかに管理し、どういう方向に誘導するかなんですね。
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