これは読む最高級中華料理だ!『中華一番!』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第22回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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うまさが口内で爆発するチャーハン!?垂涎必至の料理漫画
『中華一番!』小川悦司

 先日、家で餃子を作った。いつも料理は私の担当なのだが、帰りが遅くなるのであまり手の込んだものはつくれない。そこで、休日には少し手間のかかる料理を作ることにしている。「餃子なんて焼くだけでしょ」と言われそうだが、わが家の餃子は皮もあんも手作りなのである。
 皮は小麦粉をよく練ってひと晩寝かせ、生地にしてから伸ばす。あんに使う野菜はキャベツではなくもやし。これは亡くなった母親の直伝だ。終戦まで満州の奉天にいた母親は、家で働いていた中国人の家政婦さんから習ったという。もやしはひげ根と豆をきれいに取り去るのがコツ。土臭さを取るためだが、これに時間がかかる。蒸してから細かく刻み、新聞紙の上に並べて水気を取る。肉は合い挽き。にんにくは使わず、しょうがと多めのネギのみじん切りを混ぜて、ごま油と醤油で味付け。分量は味を見ながら適当、というのが母親のレシピだった。
 あんを皮に包んで、沸騰したお湯に入れ水餃子にする。タレは使わずにお酢だけをつけて食べる。これがいくらでも入るんだなあ。
 そんなわけで、2016年最後の「まんがのソムリエ」は中華料理のマンガでいこう。小川悦司の『中華一番!』だ。

 ***

 清朝末期、中華料理が隆盛を極めていた時代の四川省。四川随一の国営菜館(食堂)「菊下楼」から物語ははじまる。主人公はこの店を姉とともに切り盛りする劉昴星(リュウ・マオシン)=マオ(13歳)。死んだ父も母もこの菜館の料理長で、とくに母は「四川料理の仙女」と呼ばれ歴代屈指の料理人だった。
 国営菜館にはルールがあって、国から任命された新しい料理長が赴任すると、前任者との間で料理勝負を行い、勝ったほうが真の料理長となるのだ。そして、新料理長としてやってきたのは、かつてマオの母親の弟子として修行しながら、裏切って国から支給された給金を全て奪い、優秀な3人の料理人を引き連れて出て行ったショウアン。マオとしては絶対に負けられない相手だ。

 清の時代に、こんなルールが本当にあったのかどうかはわからないのだが、展開はグルメマンガの王道である。
 中央料理界の重鎮であり、この勝負の審判役でもあるリー提督が出した勝負の課題は麻婆豆腐。しかも、かつて提督が食した「幻の麻婆豆腐」を再現すること。
 ここでマオがたぐいまれなる嗅覚と味覚、そして味に関する記憶力を持っていることが明らかにされる。この展開はスポーツマンガにも通じるものがある。
 幻の麻婆豆腐を再現してショウアンを倒し、菜館を守ったマオ。しかし、リー提督はマオに新たな試練を課す。食の都・広州での料理修行を命じたのだ。広州に着いたマオは、名門の「陽泉酒家」で働く事になる。

 ここで出会うのが、厳しい副料理長のチョウユと彼の娘でマオよりひとつ年上のメイリィ。そして伝説の料理人・ルオウ太師。広州でマオは料理をめぐるさまざまな事件に巻き込まれるが、持ち前の明るさと料理に対する情熱、なによりも食べる人を思いやる気持ちで困難を乗り越え、大きく成長。ついには料理人の最高資格「特級料理人」の試験にのぞむことになる。
 チンゲン菜のテスト。仲間を救った青椒肉絲。フランス人シェフとのピラフVSチャーハン対決。春節の餃子大会での餃子兄弟との勝負などなど……グルメマンガの基本である料理勝負を、あまり引っ張らない良いテンポで、つぎつぎと展開しているところが好ましい。料理はスピードなのだ。だらだらしていたのでは味が悪くなってしまう。料理の説明も簡潔でわかりやすい。

 このマンガのもうひとつの魅力は、リアクションだ。たとえば、マオのあんかけチャーハンを食べた5人のフランス人の反応。
「爆発するようなうまさだ!!」「あんの辛さと奥行と玉子チャーハンのさっぱり感がお互いを高め合い はるかに高次元のハーモニーを奏でている!!」「や やめられん」「トローリあんが包んだ米ののどごしもたまらん」「香味野菜 豆板醤がとけこんだ辛み深き片栗粉の“海”で 香ばしい米と弾力のあるエビの身が“爆発”するように踊る」「噛みしめるたびにはじけるようなうまさだ~~」そして、完食して言う。「至福だ……」
 もうこの言葉だけで、マオのチャーハンが食べたくなるではないか。グルメマンガで必要なのはなにより食べた人間のリアクションなのだ。

 続編になると、架空の料理もたくさん出てくるが、この正編には宮廷料理のような特別なものがほとんど出てこないのもいい。私たちが日頃から口にするおなじみの中華メニューだから、味を想像しやすい。このほどの良さが、このマンガの一番の魅力なのだと思う。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2016年12月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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