青山七恵・インタビュー 幻想の「繭」から脱け出すとき 『繭』刊行記念

インタビュー

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繭

『繭』

著者
青山 七恵 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103181026
発売日
2015/08/31
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『繭』刊行記念特集インタビュー 青山七恵/幻想の「繭」から脱け出すとき

――『繭』は一作ごとに新しい挑戦をしてきた青山さんの小説のなかでも、より踏み込んだ人間関係が描き出されていて、非常に力の入ったものになりましたが、まず最初に、どこから着想されたのですか?

 普段、自分の年齢を意識することはあまりないんですけれど、昔からの同世代の友達と話していると、選択した生き方は違っても、それぞれ十代二十代の頃とは違う不安や生きづらさを抱えているのを切実に感じるんです。友達としては話を聞くことくらいしかできませんが、小説家として、小説を通して別のかたちで助けになることもできるのではと思い、同世代の女性が読んで元気がでる小説を書きたい、と思ったのが出発点です。

――作中には、舞と希子という30代前半のふたりの女性がでてきます。美容師の舞は自分の店を開いて結婚もして、夫は仕事が続かず専業主夫として支えてくれていて、ともすれば充実した毎日のようにも見えるのですが、冒頭、舞が夫のミスミに暴力を振るう場面から始まるのに、衝撃を受けました。

 暴力による支配はどんな状況でも許しがたいことですが、ミスミはそれを逆手に取って、暴力をふるわせることによって舞を支配しています。ミスミのように、周りの人間を精神的に支配して罪悪感を持たせることで自尊心を満たそうとする人の話を聞くと本当に腹が立つのですが、小説のなかではそれを極端に描いてみようと思いました。一度この状態に陥ってしまうと、支配されているほうは自分が相手に操られていることを自覚できないから、舞のようにひたすら自分を責めてしまう。他者と深く関係しあうことは一生をかけて挑む甲斐のあることだと思いますが、程度の差はあっても、常にこの支配被支配の関係に陥る危険を孕んでいるのではと思います。

――舞は夫との対等な関係に、すごく執着しています。

 舞は「パートナーは対等であるべき」という理想をはっきりと持っています。ただ、当事者たちが納得する「対等」と社会的に正しいとされる「対等」には常に少しずれがあるのではないでしょうか。舞はどちらかといえば、後者の「対等」という言葉に引きずられているような気もします。

――希子は会社勤めをしながら、道郎という恋人が自分の部屋にやってくるのを待ち続けていて、ここではないどこかで彼と一緒に暮らすことを夢見ています。

 舞がミスミと対等な関係にならなくては、という強迫観念に取り憑かれているのと同様に、希子は、こうであってくれたら、という自分の幻想のなかの道郎に取り憑かれています。ひとりの生身の人間を愛しているわけではないのです。こういう幻想は未来に向かって人をひっぱってくれるものですが、あまりに餌をやりすぎて強固に育った幻想は、人をその場に縛りつけて内から少しずつその人を引き裂いていってしまいます。

――白いマンションのなかで営まれている舞と希子の生活を想起させる『繭』というタイトルも印象的です。

 さなぎが成虫になるあいだ繭は居心地のいい保護室になりますが、出るべきときに自力で突き破ることができないと、繭のなかで成虫は息絶えてしまう。人間にも生物としての直感で、いまこの状態を突き破らないとどこにも進めない、というときは必ずあって、『繭』はそういう突破の瞬間を同時に迎えたふたりの話なのだと思います。

――幻想と現実のあいだで、どうにも身動きがとれなくなってしまったときに出会ったふたりの話でもある。

 そうですね。そういうときを一緒に迎えることができる人がいるのは心強いと思いますが、それでも結局、それぞれの繭からは自分の力で出るしかありません。読んだ人が元気になる小説を私流に書くと、どうしてもこういう不穏なトーンの小説になってしまうんですが、舞と希子が出会って、日常の出来事のなかでちいさな変異が積み重なって、最後に大きな変異が生まれるところに、この小説の救いがあるように感じます。

――ラストに、希子が手のひらに舞の体温を感じて、その熱がひとつになって世界を溶かしていく場面が鮮やかでした。

 著者としても、最後にようやく開放感を感じることができました。これまでもずっと対になる人間関係ばかりを書いてきましたが、だんだん対の状態すら怪しくなってきて、『繭』では最後のシーンもふくめ、舞と希子という独立したふたつの存在が、ひとつの存在をふたりで分けあっているような瞬間が何度もあった気がします。私が小説家として取り憑かれているのも、そんな予見不能な関係の変異の瞬間なのかもしれません。

新潮社 波
2015年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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