100歳まで「働く」意欲/『ハリウッド検視ファイル』

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ハリウッド検視ファイル

『ハリウッド検視ファイル』

著者
山田 敏弘 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103347712
発売日
2013/10/18
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

100歳まで「働く」意欲/『ハリウッド検視ファイル』

[レビュアー] 大野曜吉

 野口先生と4名の米国人法科学者とともに中国を2週間ばかりご一緒させていただいた。2006年11月のことである。目的は浙江省杭州の浙江警察高等専門学校(現浙江警察学院)で開催される国際法科学最新技術ワークショップでの講演であるが、人選は野口先生に任されていた。共催である中国法医学会の会長劉耀氏がかつて米国へ留学、ロスの検視局で中毒分析を学んだ、いわば野口先生の弟子の1人であることも関係している。北京、杭州、上海を巡る大旅行であったが、その時は、米国での熾烈な生存競争の痕跡など微塵も感じさせない、妻を労わる温厚な老科学者といった風情であった。また旅行中熱心に中国語を勉強され、ワークショップの冒頭では中国語で挨拶をされるなど、なお卓越した勉強家でもあった。が、ときにみせる鋭い視線には修羅場を通り抜けて来たものの持つ凄味が感じられたものだ。

 上海の解剖施設の見学では、妙な違和感があったが「大野さん、ここはモデルルームだね、解剖の臭いがしない」。

 違和感の原因はそれだった。

 さて、その野口(以下敬称略)の評伝が本書である。

 第1章ではマイケル・ジャクソンの死を背景に米国の検視制度、検視局について解説される。そしてトーマス野口が日本人であり、日本医科大学卒であり、ロサンゼルス検視局の局長であったことが紹介される。終生名誉局長であり、今なお、検視局のカンファレンスには積極的に参加するという。新教授の多くは前任の名誉教授の来訪を煙たがるものだが、それを上回る実績と今なお傑出した鑑定眼ゆえのことであろう。

 第2章では野口の行った有名なマリリン・モンローの解剖について語られる。モンローの死について、憶測や仮説が世間に横行しており、その渦中に身を置くことを避けるように、野口はこの件について多くを語りたがらない。他の解剖例と同様、彼自身にとってはこの件はすでに決着しているのだ。その彼が「これが最後」として、真実が今こそ明らかになる。

 第3章では少年期から法医学を目指した動機と米国での経緯が語られるが、それにしても子供のころの決心がそのまま生涯の仕事となるというのは大変なことだ。大方は今ならサッカー選手からスタートして、漫画家かデザイナーか、ミュージシャン、結局どれも半端に終わり……というのが相場である。しかも弱冠25歳にして海を渡り単身米国の地に立つのだ。最近では若者の海外留学の減少が言われているが、この章は医学関係者ではなく、現代の若者にこそ読んでもらいたいところだ。なお一方で、人種差別が米国社会の底辺に根深くあることにあらためて驚かされるのである。

 第4章以降では有名な事件例について詳細が語られてゆく。ロバート・ケネディの解剖で、遺体を立たせて着衣を着せ直し、銃創の位置関係を確認したこと、豚の耳の皮を貼った頭部の模型で射撃実験をしたことなどは、法医学的に興味深い。そして首尾一貫した彼の法医学者として、検視官としての姿勢に賛同するとともに、尊敬の念をより強くするのである。また第4章後半では検視局長解任の圧力といかに戦い勝利を得たかも語られている。

 第5章では凄惨なシャロン・テート事件、ヘロインによる女性ロックシンガーの中毒死の全容が明かされる。また、第6章ではウイリアム・ホールデンの死とアルコール依存問題が取り上げられる。そしてナタリー・ウッドの死もまたアルコールの関与が明らかとなった例として加えられている。さらに有名コメディアンの麻薬中毒死の裏にハリウッドスターたちの薬物汚染の一端が「麻薬専門ナース」の出張サービスという驚くべき実態とともに紹介される。

 最後に、物語は野口の再度の解任劇へと進んでいく。そしてそこから再びより大きくステップアップする野口の不死鳥のような人生模様が描かれる。

「100歳まで生きるのではない、100歳まで働くのだ」

 まだまだトーマス野口は健在である。

 日本医科大大学院教授会は2013年9月、田尻孝学長から諮問のあった野口への名誉博士号の授与を承認した。2016年にはロサンゼルスで彼を会長として世界医事法学会が開催される。本書は法医学や事件に興味のない方にはきつい描写があるかもしれない。推理もの好きには垂涎だ。ただ、一番読んでいただきたいのは高校・大学生などの若者だ。勇気と努力と決断があれば、彼ら彼女らには野口を越えるチャンスがまだまだ十分にあるのだから。

新潮社 波
2013年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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