『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』
- 著者
- スチュアート・リッチー [著]/矢羽野 薫 [訳]
- 出版社
- ダイヤモンド社
- ジャンル
- 自然科学/自然科学総記
- ISBN
- 9784478113400
- 発売日
- 2024/02/01
- 価格
- 2,090円(税込)
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科学的知識を語るなら、「再現性」を押さえないと恥をかく時代がやってきた
[レビュアー] 西内啓(統計家)
「科学的に証明されている」と聞くと、わたしたちはそれを「現時点での最上級の信頼」に値するものだと受け取る。しかしその「科学的」の多くは再現性に欠け、さらには捏造によって作られたものだったとしたら? 実際に心理学、医学、経済学など幅広いジャンルで、過去の研究の再現に失敗する事例が多数報告されている。これら「科学の信頼性」を根底から揺るがしかねない「再現性の危機」を扱った本『Science Fictions』(スチュアート・リッチー著、ダイヤモンド社)が現在、大きな話題となっている。そこで、その原著をダイヤモンド社に紹介し日本語版の出版を提案した統計家の西内啓氏に、同書の意義と出版がもたらす影響を解説してもらう。
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本で紹介されている科学的知見を鵜呑みにするのが危険なわけ
個人的に「欧米の研究者が書いた一般向けの本」というものを読むのが好きで、休暇中などにはよく読むようにしている。最先端の研究成果を紹介し、それを広くビジネスや生活にどう活かせばよいのかというヒントももらえて、ちょっとしたパーティなどでの話題にもなるのだから、これはとても効率の良い趣味だろう。
そうした本で得られる知見は日常会話やSNS上での発信を通して広まっていくものである。おそらく皆さんも、たとえばこんな研究成果についての話について見聞されたことがあるかもしれない。
◆子どもの頃に眼の前にあるマシュマロを食べるのを我慢できたかどうかという自制心の有無で将来の社会的な成功が左右される
◆自制心はある種の有限な資源のようなもので発揮すればするほど消耗するので気を付けなければならない
◆子育てにおいては才能ではなく努力を褒めるほうが学業成績を伸ばす上で良い
◆ストレスのかかる状況では、腕組みしたり前かがみになるより両手を腰に当てるなど開放的なポーズを取ることでストレスが解消される
これらの話には元になった明確な実験があり、それぞれの詳細は「マシュマロ実験」「自我消耗」「グロース(成長)マインドセット」「パワーポーズ」といったキーワードで調べることができるだろう。日本のビジネス書やYouTube動画などいたるところでも言及されている。これらの知見が明らかになったのも注意深く設計された実験と統計解析のお陰であり、「まさに統計学は最強の学問なのだ」――と言いたいところだが、残念ながらそう単純な話ではないのだ。
おそらく私が上記のような知見をもとに物申すことはないし、もし目上の人から上記の知見を根拠としたアドバイスなどをもらうことがあれば正直居心地の悪さを感じると思う。なぜかと言えば、これらの研究成果は全てその再現性が疑問視されているからだ。
一般に、科学的な知見とは誰がやっても、同じような条件で同じような実験を行えば同じように再現されるべきであるとされる。物理や化学の実験のように百発百中で全く同じ結果が再現されるのはある種の理想であるが、人間を研究対象とする研究のように制御しきれない個人の多様性やバラつきがあったとしても、統計学的に説明できるような一貫性がなければ科学的知見とは言い難い。研究データの改竄なのか、不正な分析なのか、たまたまそのような結果が出たデータだけを論文にまとめただけなのか、理由はともあれ利害の絡まない他の研究者が再現できないような研究成果は、否定されるとは言わないまでも「判断保留」にしておくというのが間違いの許されない専門家として推奨される姿勢である。
このように、物知りなビジネスマンにはよく知られているが、現在再現性が疑問視されている研究成果というのは無数にある。それらについて、もし皆さんが言及したり自分自身の仕事や生活に役立てたいと思うなら、ぜひ「マシュマロ実験 再現性」といったように検索し、その再現性について確認する習慣をつけていただきたい。そうでなければ、ご自身あるいは周囲の方々が間違った方向へ無駄な労力を重ねてしまうことになってしまうリスクがあるのだ。