『踊り子と将棋指し』坂上琴著

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踊り子と将棋指し

『踊り子と将棋指し』

著者
坂上 琴 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062198790
発売日
2016/01/07
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『踊り子と将棋指し』坂上琴著

[レビュアー] 関厚夫(編集委員)

■“元敏腕”が醸す人生賛歌

 この文章が私情をはさむことなく、書評の体をなすか…心もとない。というのも、私は作者「坂上琴(さかがみこと)」(非公式には「さけのうえのこと」と読む)を30年前から知っているからだ。初対面の彼は、さる全国紙の記者で、私と同様、播州(兵庫県)のとある地方警察担当がその初任だった。

 京大卒(相撲部主将)だが苦労人。妙に老成しているかと思えば、お茶目(ちゃめ)でもあった。一度、目を輝かせ、笑いを押し殺しながら「おれ今、こんなん書いてんねん」と言って見せられた地方版用原稿の書き出しは「お前はもう死んでいる」。あり得ない! 絶句した記憶がある。

 互いの異動で毎日のように顔を合わせることはなくなったが、彼は気になる存在だった。私の記憶と本人の言うところが正しければ、彼は若手記者時代、新聞協会賞候補となる特ダネを放った。その後は関西の大事件取材を指揮したり、エッセー的な原稿を担当したりしていたはずだ。

 将棋・囲碁・相撲のアマ段位を足して四捨五入すると10段にもなるという。多才な男である。ともに東京勤務だったころ、何度か飲んだ。その後、突然、おどけた文章で「クビになった」という便りが来た。原因は、彼の「非公式の読み方」のほうの筆名が示唆している、と思う。

 そんな彼が小説を書いた。主要登場人物は題名が伝えている。原題は「ヒモの穴」。こちらも味わい深い。

 筋は言うまい。ただ一点。自分探しや再生を織り込んだ人生賛歌である本作は過去、自称・敏腕記者くずれが書いたようなシロモノではない。文学賞をいきなり取るに値する滋味と筆さばきがある。

 しかしながら-。

 彼はまだ才能を出し切ってはいない。本作以上に己をさらしつつ、あざむかれる快感を読者に与え続けねばならない。そして後年、本作は作家となるべき人間がたまたま新聞記者となり、その経験が作家としての大成に寄与した出発点であり、記念作であることを証明せねばならない。

 書け。書き続けよ、●●(本名は秘す)。再生した「坂上」として-。

 踊り子と将棋指し(講談社・1300円+税)

 評・関厚夫(編集委員)

産経新聞
2016年1月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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