『[1]『社会の未来』を読む』
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<書評>『「社会の未来」を読む シュタイナー社会論入門(1)』高橋巖 著
[レビュアー] 若松英輔(批評家)
◆独創的な改革理論 読み解く
ルドルフ・シュタイナーという思想家の名前を知らなくてもシュタイナー教育という言葉は聞いたことがある、という人は多いのではないか。シュタイナーにとって教育は、すべての営みの土壌ではあってもすべてではなかった。彼は医学、農業、芸術、哲学、そして社会改革においても教育理論に勝るとも劣らない独創的な思想を抱いていた。本書は社会改革者としてのシュタイナーの代表作を、日本におけるシュタイナー研究の第一人者である著者が読み解こうとする試みである。
『社会の未来』は1919年10月に行われた連続講演の記録である。それがロシア革命、第1次世界大戦を経験した時期だったことは重要である。高橋巖はまず、シュタイナーは「イデオロギー」と「概念」から離れたところで人間と社会がつながり直す可能性を説いたと述べている。
社会には三つの層が分かちがたく存在する。「精神生活」「法生活」そして「経済生活」である。三つに優劣はなく、必須の役割を担っている。それぞれの生活を支えているのは「自由・平等・友愛」だとシュタイナーはいう。つまり、真の意味で自己に由(よ)ること、優劣ではなく、等しさが探究され、深い敬意に貫かれた愛によって社会が新生すること、それが喫緊の課題だとおよそ百年前に説き、高橋はその呼びかけを21世紀において受け止め直そうとする。
注目すべきは高橋巖が、ベーシックインカムを真剣に論議する必要があると幾度となく説いていることだ。現代人はいつからか労働力を「商品」にしてしまった。労働者を守るはずだった先行する理論家たちもこの根本問題を見過ごしてきた、と高橋は指摘する。「労働」は、生活資金を手にするための手段に終わらない。真の自己、世界、生きる意味にすら人を導く契機になる、というのである。
高橋巖は先月末、奇(く)しくもシュタイナーの命日に急逝し、本書が生前最後の本になった。
(春秋社・3960円)
1928~2024年。美学者。『シュタイナー哲学入門』など。
◆もう1冊
『「社会問題の核心」を読む シュタイナー社会論入門(2)』高橋巖著(春秋社)