何度も目頭が熱くなる著者の分岐点となる傑作

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誰がために鐘を鳴らす

『誰がために鐘を鳴らす』

著者
山本 幸久 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041028353
発売日
2016/02/29
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

何度も目頭が熱くなる著者の分岐点となる傑作

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

 ゲラを読み終えてすぐに書評を書いたら、四百字四枚という依頼なのになんと十二枚になってしまった。興奮が収まらないのだ。ではなぜ、それほど興奮したのか。その沸騰の理由を冷静になって書いてみる。

 高校三年になった春、錫之助は音楽準備室に積み上げられていたハンドベルのケースを発見する。それを見て、ハンドベル部を作らないか、と言いだしたのは土屋だ。県内唯一の女子校、城倉女子学園にはハンドベル部があるので、県立諏那高校でハンドベル部を作れば合同練習も夢ではない、というのが土屋の計画である。つまりハンドベル演奏に興味があるわけではなく、カノジョを作るための作戦である。

 この土屋を筆頭に、主人公の錫之助、唯一楽譜が読める美馬、そしてテニス部との掛け持ちである播須、さらに教師のダイブツと、五人のハンドベル部が結成され、練習が始まっていく。ハンドベルがどういうものであるのか、ということについてはおじいちゃん先生カラニャンの次の言葉を引いておく。

「ハンドベルは、ピアノの鍵盤をばらばらにして、その一本一本をベルに置き換えたものとお考えください。つまり音符ひとつにつき、ハンドベル一本になります。ピアノはひとりで弾きますが、ハンドベルは複数の人間が心をひとつにして、演奏しなくてはいけません」

 ここから、廃校が決定した高校の最後の一年間を描くこの物語がスタートするが、なによりも構成が素晴らしい。中盤のハイライトは、ネタばらしになるので詳しく書けないが、あるものの奪回だ。みんなが協力して大切なものを奪回しにいく挿話がこの中盤のピーク。なにやら曖昧な書き方になって申し訳ないが、読めば何のことか分かっていただけるだろう。本書が真に素晴らしいのはこの先である。本来なら宝物を奪回する挿話でこの物語が終わってもいいのだ。電車の中で知り合った元ボクサーのあんチャンに殴り方を教わるという小ネタもいいが、あんなに仲が悪かったのに(土屋と播須は、演奏直前に楽屋で殴り合いの喧嘩までするのだ)、錫之助ですら友達でも仲間でもない、と言っていたのに、その面々がみんなで協力するというシーンに、そして錫之助の両親にこのクラスメイトたちが頭を下げるシーンに、何度も涙がこみ上げる。山本幸久の作品はデビューからずっと読んできたが、目頭が熱くなったことは初めてだ。今回は、いつものように軽妙でありつつ、しかも泣かせるからびっくり。つまりこれまでの作品とは、決定的に異なる。その意味では著者にとって分岐点とも言うべき小説かもしれない。

 問題は、「宝物の奪回」というピークを越してもこの物語がまだ終わらないことだ。何かを取り返せば、みんなが仲良くなれば、それで終わりというものではないのだ。では何が、まだ必要なのか。考えるまでもなく、廃校が決定した高校の最後の一年間にハンドベル部を作っても、それは続くものではなく、プロの演奏家になるわけでもない。つまり彼らの将来を決定づけるものではないのだ。しかし十七歳という人生でもっとも危なっかしい時期を、ハンドベル部を結成してその練習に打ち込むことで、つまり膨大に無駄な時間をともに過ごすことで、彼らはその危ない時期を乗り越えていく。終わりのほうに出てくる土屋の台詞に留意。そのかたちがここにあるからこそ、私たちは深く感じ入るのである。

 つまり、ここで描かれているのは高校生活の最後の一年間ではあるけれど、その向こう側に、彼らの未来があるということだ。それを説明ではなく、具体的な挿話で描いているところが素晴らしい。個性豊かな登場人物の、さまざまなドラマもたっぷりと読ませることは言うまでもないが、それだけではない。本書は、ハンドベルを中心にした異色の学園小説であり、喧嘩しつつも繋がっていく友情小説であり、何度も目頭を熱くする家族小説であり、そして胸キュンの初恋小説である。山本幸久の傑作である。

KADOKAWA 本の旅人
2016年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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