プロローグ

VR浮遊館の謎―探偵AIのリアル・ディープラーニング―

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Illustration /レム
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「星座が歩いている」
 君がそう言うと、子供たちは馬鹿にしたように笑った。
 何言ってんだよ、星座はウチューにあるんだぜ!
 大人たちは困ったように笑った。
 あらあら、またこの子は難しいこと言って…。
 そしてみんな空を見上げてしまう。星空を指差して、星座の名前なんか口にしちゃって、もう誰も君の言葉なんか聞いちゃいない。

 確か、林間学校だとか、修学旅行だかの蒸し暑い夜だ。

 夜空には「本物」の星座が浮かんでいる。誰もが星座だと認める星の連なりが。
 だけどそんなもの君にとっちゃあ何の価値もない。
 君の目には君だけの星座が映っているんだ。
 児童と教師の懐中電灯がわずかに照らし出す暗がりに、それは見え隠れしている。
 そこにも。
 ほら、あそこにも。
 みんなと逆だ。
 君の星座は地上に満ちているんだ。
 そら、一つ歩き出したぞ。
 見覚えがあるような、ないような、多分違うクラスの男子だ。
 辺りをきょろきょろと見回し、こそこそと暗い森に歩いていく。
 トイレだろうな。
 宿舎まで戻るのが面倒だったんだろう。
 教師も気付いていない。
 君も後を追う。
 夜の森に入る。
 君が懐中電灯を消すと、ゆらゆらと前方に揺れる光だけが目印になった。
 光はそんなに奥までは行かず、茂みの裏に入った。
 放尿の音が聞こえてくる。
 君は飯ごう炊さんに使った軍手をめた。
 この頃からそういう知識だけはたくさんあったね。
 音が止んだ。
 もう我慢しきれないかい。
 足が浮ついてるよ。
 ああ、言わんこっちゃない、だから枝なんか踏むんだ。
 当然気付かれる。
 相手は驚き、声を上げようとする。
 その瞬間!
 君は右手で彼の後頭部を、左手で顎を掴み、九十度回転させた。
 コキリ、という小気味良い音とともに哀れな少年の首はねじれ、物言わぬ体となって倒れた。

 これが君の初めてだったね。

 素手で人の首を折るなんて小学生には不可能だ―普通なら。
 君は普通じゃなかった。
 生まれつき特別な目を持っていた。
 何て言うのかな、生き物の継ぎ目、とでも言うべき部分が光って見えたんだ。
 例えば肩。
 例えば肘。
 例えば膝。
 そういった関節部分がキラキラと眩しい光を放っている。
 光と光の間を辿れば自ずと骨の形も見えてくる。