第一章 卵に還る【3】

VR浮遊館の謎―探偵AIのリアル・ディープラーニング―

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前回のあらすじ

AI小説家・フォースのかかわる産官学連携のビックプロジェクト。アカデミックな大物たちが勢揃いする大学施設内で、相以と輔が案内された先には―。

Illustration /レム
Illustration /レム

     *

 巨大な銀色の卵が二つ並んでいる。
 それが第一印象だった。
 卵の上半分には小窓が付いており、中が見えるようになっている。右の卵の小窓からは、等身大の人形の顔らしきものが見えている。
 二つの卵の下半分からは後ろの壁に向かって複数のコードが伸びている。その壁には大きな横長のガラス窓があり、機械室のような空間で複数の人々が慌ただしく作業をしているのが窺えた。
 こちらの部屋には研究員らしき白衣の男が一人、四つん這いになってコードを点検している最中だった。
「これが…」
 僕が振り返ると、橘さんは自信ありげに頷いた。
「そう、世界初のフルダイブVRゲーム機EGG。格好いいでしょー」
 VR。ヴァーチャル・リアリティ。仮想現実。
 どれも今や聞き馴染んだ言葉だが、従来のVRは実は不完全なものだった。
 例えばVRゴーグル。迫真の映像と音響で没入感を高めてくれるが、あくまで超リアルな映像体験をしているだけという「自覚」は拭い去れない。
 VR専門のゲームセンターに行って大型の機体を使っても、演出のレベルが上がるだけで根底の部分は変わらない。
 だがフルダイブは違う。
 脳に直接作用し、五感を制御し、まるで本当にその世界にいるかのように感じさせる。
 SFに出てくるような完全なるVR。
 それがフルダイブなのだ。
「これは日本だけでなく全世界でヒット間違いなしだよー。何せ世界初のAI小説家がシナリオを書き、世界初のAI探偵がテストプレイしたという話題性があるわけだから―あ、もちろん輔くんもテストプレイよろしくね」
 そう、それが今回僕たちに課せられた重大な使命だった。
「でも僕はともかく、どうやって身体のない相以がVRゲームをプレイするんですか」
「はい、それについては私が説明しましょう」
 ケーブルをいじっていた研究員の男が急に立ち上がったので、僕は少し驚いた。 
 彼は右のEGGを開けた。小窓越しに見えていたものが明らかになる。やはり等身大の人形―というかロボットか。
 不気味の谷に大量投棄されていそうな、不安を感じる顔の女性型ロボット。
「まずこのロボットの頭脳部分に相以さんをインストールします。すると相以さんの意志でこのロボットの手足を動かせるようになります。その状態でEGGを起動すると、生身の人間と同じような形でVRゲームを楽しむことができます」
 擬似的に身体性を付与するということか。これは何気に凄い技術じゃないか?
 僕はそう思ったが、相以はお気に召さなかったようだ。
「えーっ、私こんなロボットになりたくありません!」
「こら、失礼なこと言うな」
「だってー」
 研究員は苦笑した。
「試作品なので見栄えが悪いのはお許しください…。ゲーム内ではその姿でちゃんとプレイすることができますよ」
「何だ、それなら大丈夫です」
 僕も少し安心した。やっぱり一緒にゲームをするなら、いつもの相以とがいいからね。
「早速作業に取りかかりますので相以さんを預けていただけますか」
 僕が研究員にスマホを渡すと、橘さんが後ろから口添えしてくれる。
「フォースくんにも会わせてあげて」
「ああ、そうですね。それではこちらに」
 研究員は二機のEGGの右にある、機械室に続くドアを開けた。僕たちは彼に続いて入室した。