「あのさ、蘭さんはまだ二十七歳の若い女性なんだよ。夫を失って子持ちの女性になっちゃったけど、これから新しい出会いがあればすぐにでも新しい生活を始められるんだよ。そういうふうにできる状況をきちんと作ってあげなきゃ駄目じゃないですか、って話です」
 ううむ、って感じで親父が唇を曲げる。
「それはもちろん、わかってる。そういう話もしたよ」
「話だけじゃ駄目だよ。いつでも新しい人を見つけて出ていってもいいんだからね、なんて優しく言っただけなんだろ? 言うだけじゃなくて、場を作ってあげなきゃならないと思うんだよ。それができるのは」
 二人を指差す。
「親父とおふくろだけです。俺や響が言ってそうさせるのは、お門違い、じゃないか、余計なお世話になっちまう」
「余計なお世話になるの?」
 響が言う。
「そうだよ。だって、俺と響は男であるわけで、蘭さんの新しい人生の候補にもなり得るんだから」
「それはあなた、違うでしょう」
「違うけど、違くないよおふくろ。少しでも考えたでしょ? 晶がいなくなったけど、うちには響もいるしどういうわけか翔も帰ってきちゃったしって。一度たりとも頭に浮かばなかった? そういう考え」
 それは、っておふくろが唇を尖らせる。そんな仕草しても可愛いって言われる年じゃないですよお母さん。
「俺はそんなことまったくこれっぽっちも考えていない。けれど、可能性としてはゼロではないだろう。独身の男と女なんだから。でも、それはこのままずっと蘭さんがこの家に居た結果、じゃ駄目なんだと思うんだよ。それはもちろん響もさ」
「僕も? 可能性はあるってことになるの?」
「もちろんだ。三歳しか違わない兄嫁だった人だぞ。蘭さん嫌いじゃないだろ? 年上でもオッケーだろうお前は」
「嫌いなはずは、ないよ。年上云々は別にして」
 そうだろう。客観的に見て、あの人を嫌いになる男は、そうはいないと思う。
「だからだよ。一年経った。その一年って期間は、俺もしょうがないかなって思っていた。一年も経っていないのにさっさとこの家を出ていけってのはあんまりだよなって。でも、一年経った。もう蘭さんも、晶のいた、晶と一緒に暮らした場所から去るにはいい頃合いだよ」
 親父もおふくろも、ふぅ、って息を吐いて肩を落とした。
「やっぱり、そうさせなきゃ駄目と思うか」
「親父とおふくろが、そうさせた方がいいと思う」
 はっきりと、そうしなさい、と。そうしましょう、と。
 それは蘭さんのためなんだと。
「このままじゃ、では三回忌までは、なんてずるずる引き伸ばしちゃうだろうきっと。一年経ったんだから、さよならしましょう、ってした方が絶対いい。大丈夫。阿賀野さんに戻ったからって、優があなたたちの孫であることには何の変わりもないんだから」
 ずっとおじいちゃんおばあちゃんでいられるし、俺だって可愛い甥っ子をこのまま一生可愛がるつもりでいる。
「でも、蘭さんがこのままずっとうちで、家族として一緒に暮らしたいって思ってるとしたら? どうするの? その気持ちを無視するの?」
 響が言う。
 今のちょっとマジな感じじゃなかったかお前。まぁそれは今まで義姉義弟として仲良く過ごしてきた時のせいかな。
「無視するんじゃないよ。その気持ちはありがたく受け止めようよ。ありがとう、って。きっと晶も喜んでるよって。でも、ここで一旦お別れしましょう。子供が大きくなって家を出ていくように、あなたもこの家を出てまた新しい生活を手に入れることを考えてくださいってさ」
 それが、自然なことだと俺は思う。
「まぁお前が、蘭さんこのまま家にいてよ。そして晶にいのことを忘れられたら、僕と結婚してください、なんて蘭さんに言うのは、それは自由だけどな」
 響が、ちょっと口ごもった。
「そんなことは、言わないよ」
 言わないってことは、ちょっとは考えたってことだよな。まぁそれでもいいけどさ。
「とにかく、俺はそうした方がいいと思うし、それが正しいやり方だとは、思ってる」
 言い方、伝え方は少し熟慮した方がいいとは思うけど。たとえば、ありがちだけれど。
「お互いに、新しいスタートを切りましょうってさ」
 ひょっとしたら、ゴールがまた同じところになるかもしれないけど、って。

(つづく)
※次回の更新は、5月9日(木)の予定です。