「あり得ない、ということはないんじゃないかな。まぁお兄さんは離婚したばかりで離れて暮らしていたからあれだろうけど、弟くんはずっと義姉義弟として一緒に暮らしていたんだ。蘭さんへの情というものは彼の中に生まれているだろう」
「情、ですか」
 恋とか愛ではなく、情。
「好意と言い換えてもいいかな? 好きか嫌いかって訊かれたら好きと答える思い。それはあるはずだ」
「そう、かもしれませんね」
 嫌いなはずはない、って蘭も言っていたっけ。
「もしもだ。もしそうなら、どう言えばわかりやすいかな」
 親子丼を口に運んで、食べながら少し考えている。
「うん、とんでもなく嫌な表現かもしれないが、最初から籠に入っていた鳥をそのまま自分のものにしたっていう感覚が残るんじゃないかな。その感覚は、確実に将来的に何かしら不穏な事態の種になると思う」
 籠の鳥を、そのまま自分のものにする。
「蘭は、籠の中の鳥って思うものなんですか?」
「真下家という籠でつがいで暮らしていたのに、一羽になってしまったという意味合いでだよ。その鳥とそのままつがいになるというのは、陸くんが言ったのと同じことだろうな」
 そうか。なし崩しというのはそういう意味にもなるのか。
「それが将来的に、何かしら不穏な事態の種になる?」
「お兄さんや弟くんがそうだと決めつけるわけじゃなく、そういう男もいる、ということだ。あっさり手に入れた、と感じてしまうような男。それが極端に表れると、君もよく理解できるような男になっちまうんじゃないかな」
 それですか。
 別れた夫のような、男。
「ならないかもしれない。それはもう本人の資質だからわからないが、種としては確かに残ると思うぞ」
 資質っていうのは、確かにあるものなんだというのはよく理解できたって思ってる。陸のことを思っても、そして元夫のことを考えても。何かしらのものは、確実に表に出ていた。
 私は、元夫のそれに気づかなかっただけの話。
 でも、恋とかってそんなのを全部考えなくさせてしまうものなんだ。恋は盲目とはよく言ったもの。
「君はどうなんだ。姉として、離婚を経験した女性として」
「私は」
 蘭がこのまま真下家にいて、二人のうちの誰かとそうなっても構わない、っていう気持ちが少しでもあるのなら、このままでいいとは思うのだけれど。
「それよりも、そうならなかった場合の方が気になるので、やっぱりきちんと真下家から一度出た方がいいと思うんですよね」
「そうならなかった場合って?」
「蘭がずっと真下家にいて、翔さんと響くん両方が別の人と結婚した場合です。むしろその可能性の方が大きいと思うので」
 あー、なるほどそっちか、って頷く。
「お兄さん、翔くんだったか。彼は再婚したら家は出ていくだろうけど、弟の響くんは店の後継ぎだものな。お嫁さんと一緒に店を切り盛りするんだから」
「蘭は、ものすごく中途半端な立場になっちゃいますから、家に居づらくなるかもしれないと思うんですよね。私だったら、なんか嫌ですそういう立場」
「だったら、さっさと真下家を出た方が、改めて、一人の男と女としての立場から付き合えるってもんだよな」
 そうです。
 もしも翔さんや響くんが、越場さんの表現したような、今現在蘭に男女としての好意を持っていたとしたら、真下家を出た蘭なら、それはもうそれこそ籠の中で一羽になってしまった鳥じゃない。
 自由な翼を再び得た鳥だ。
「そういうことだと思うので」
「じゃあ、そういう方向で進めるのか」
「結論めいた話にはなりませんでしたけど、蘭はきちんと考えて早々に心を決めるって言ってました。まずは、真下家の皆さんにきちんと話すって」
 どうなるかは、わからない。
 蘭は、わりとのんびりで、おっとりしてそうな見た目とは違ってとてもはっきりした心根の持ち主だから。自分が正しいと思えば、それをとことん貫き通す。
 だから、このまま真下家の嫁として一生過ごしてゆく。もう誰かと結婚することなんかない、なんて思うかもしれない。
 愛する人は一人でいい。晶さんだけでいい。
 なんてふうに決めるかもしれない。それはそれで、あの子らしいかもしれないけど。
「ところで」
「はい?」
 なんかにやにやし出しましたね。

(つづく)
※次回の更新は、5月16日(木)の予定です。