君と漕ぐ

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 高校に辿り着いた頃には、舞奈の頭はひどい有様となっていた。慌ててトイレに駆け込み、鏡を見ながら手櫛てぐしを通す。鎖骨の下まで伸びた髪は、ふんわりとウェーブが掛かっている。特別なセットをしているわけではなく、生まれつきの天然パーマだ。全体的にうっすらと髪色が明るいのは、水泳部だった頃の名残だった。
「同じクラスだったね」
 隣に立つ恵梨香の顔を見上げると、彼女は満更でもない表情で頷いた。廊下に張り出された一年一組のクラス名簿には、確かに舞奈と恵梨香の名前があった。
「このガッコ、三年間クラス替えないんだっけ」
「そうそう。だから、舞奈とは三年間同じってことになるね」
「やった」
 両手を挙げて喜びを表現する舞奈に、恵梨香は呆れたように肩を竦めた。開きっぱなしだった蛇口の栓をひねり、舞奈は恵梨香の腕を引っ張る。
「さ、早く教室に行こ」
「もう?」
「恵梨香は髪の毛直す必要ないじゃん」
 どういう仕組みなのか、激しい風を真っ向から受け止めても恵梨香の髪に乱れはなかった。絹のようなサラサラの黒髪は、頭を軽く振るだけで形状記憶合金みたいにすぐさま元の形に戻る。幼いころから髪質に悩まされていた舞奈にとっては、うらやましい限りだった。
「まあ、そうなんだけどね」
 歯切れの悪い恵梨香の言葉に、舞奈は手に込めた力を軽く緩めた。
 ―あそこの子は、ちょっと変わってるから。
 昨晩の祖母の言葉が、不意に舞奈の耳元によみがえる。世間話以上の意味を含まないはずの声は、曖昧あいまいな不快感を伴って舞奈の脳を刺激した。人の少ない町内では、うわさ話はすぐに広まる。地下深くにびっしりと根を張る草花のように、この町ではどこかで誰かが繋がっていた。
「教室に行くの、いや?」
 舞奈が尋ねると、恵梨香は軽く目を見張った。薄い唇から細く息をこぼし、彼女は首を横に振る。
「ごめん、そういうわけじゃない。…行こっか」
「いいの?」
「トイレで入学式を始めるのは、流石さすがに嫌だからね」
 そう言って、恵梨香は自嘲じちょう染みた笑みを浮かべる。何と言っていいか分からず、舞奈は自身の首元のリボンを握りしめた。恵梨香の胸元に垂れ下がるネクタイは、結び目が不格好だった。