『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』第1章 試し読み【1】

【試し読み】アニメ化決定!『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』第1章

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イラスト/おとないちあき
イラスト/おとないちあき

   プロローグ

 オリンピックの観客席は、一介の高校生にはあまりに高価だった。親に強請ねだってチケットを買ってもらったのはいいが、受験勉強を頑張るという条件を達成できるかはちょっと怪しい。だが、それもこれも仕方ない。すべては友達のためだ、と舞奈まいなは持ってきた応援幕を握り締める。
 カヌースプリント。日本ではいまだにマイナー競技だが、欧州では人気の競技だ。ユニフォームを身にまとった選手の顔を、舞奈は一人ずつ目で追いかける。ひざの上に置いているスマートフォンの画面上では、ネット番組がレースの様子を生中継していた。
「舞奈ちゃん、ソワソワしすぎ」
 隣に座る千帆ちほが、そう言って可笑おかしそうに笑った。舞奈の一つ上の先輩である彼女は、大学一年生だ。
「でも、緊張するじゃないですか。友達が出るんですもん」
 舞奈は唇をとがらせた。
「選手たちは舞奈ちゃんほど緊張してないと思うよ」
「そうかもしれないですけど、私は緊張するんです。世界大会はこれまでもありましたけど、オリンピックはみんなこれが初めてなんですよ?」
「確かに、友達がこんな大舞台に出ると思うとドキドキしちゃうよね。シングルに、ペアに、フォアでしょう? こんなにいっぱいレースがあるとバテちゃわないか心配」
「そこらへんは大丈夫です。みんな強いですから」
 胸を張って答える舞奈に、千帆がまぶしそうに目を細めた。屋外にある観客席は、日差しを真っ向から浴びるためにかなり暑い。今年は金メダル候補の日本人選手がいることもあり、観客席ではちらほらと日の丸がはためいていた。
「あー、間に合った。危ない危ない」
 聞こえた声の方へ顔を向けると、頬に日の丸を描いた檜原ひのはらが千帆の隣に腰掛けていた。その両腕は可愛かわいいのか可愛くないのか微妙なデザインのオリンピックグッズであふれている。
「檜原先生、そろそろ試合始まりますよ」
「そう思って急いで戻ってきたの。ほら、二人もいる?」
 檜原が差し出して来たのは、五輪の黄と緑の部分がレンズになっているサングラスだった。
「もらっておきます」と受け取る舞奈の隣で、千帆は既に着用していた。周囲からは浮かれているようにしか見えないだろうが、今日ぐらいはいいだろう。なんせ、友人たちの晴れ舞台なのだから。
「そろそろWK-1開始だよ」
 舞奈のスマートフォンをのぞき込み、千帆が頬を引き締めた。小さな液晶画面に浮かぶ、見慣れた名前と国旗のマーク。
 湧別ゆうべつ恵梨香えりか
 彼女は、舞奈の大切な友達だ。