女優・門脇麦「絶望的な気持ちに…」幼少期の傷ついた体験がフラッシュバック 恵まれていると思いながらも社会の闇に葛藤した読書体験を明かす

【試し読み】西加奈子長篇作品『夜が明ける』

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「愛の渦」「あのこは貴族」「ほつれる」「ねじまき鳥クロニクル」「厨房のアリス」など、TV、映画、舞台で多くの話題作に出演し、その演技力が高く評価されている女優の門脇麦さん(31)。

 アメリカで生まれ育ち、明るく活発だった5歳の門脇さんは、日本に帰国後、幼稚園に根付いていた「目立つのは悪」という空気に傷つき、目立つことが何より嫌になり、静かな子供でいることを選んだという。

 幼少期に感じたわだかまりに加え、歳を重ねるごとに社会に疑問を持つこともあったという門脇さんが、絶望しながらも、「気づき」と「救い」を感じた一冊がある。

 イランのテヘランに生まれ。27歳のときに小説『あおい』で鮮烈なデビューを果たし、2015年に大作『サラバ!』で直木賞を受賞した、西加奈子さんの長編小説『夜が明ける』(新潮社)だ。

 テレビ制作会社に就職した「俺」と劇団に所属するアキの思春期から33歳になるまでの日々を、貧困や虐待、過重労働といったテーマを盛り込んで描かれた本作は、門脇さんにどんな影響を与えたのか?

 心の片隅で思っていても言葉にできないこと、触れてはいけないという風潮に切り込んでいる、と自身の体験を交えながら語った門脇さんのインタビューをお届けする。

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「目立ったらいけないんだ」と傷ついた幼稚園時代

 誰にでも「私、麦! 友達になろう! Shake hands! Shake hands!」と声をかけてしまう、「Watch  me!!(私を見て)」タイプの子供だった私は、父の赴任先のアメリカで生まれました。5歳で日本に帰国して、2011年に19歳で芸能界にデビューし、今は女優という仕事をしていますが、帰国した時、アメリカでの自分の性格を封印したんです。
 きっかけは幼稚園のお歌の時間でした。先生に「歌いたい人はいる?」と聞かれ率先して「はい!」と答えたら、「目立ちたがり屋だよね、麦ちゃんって」とお友達に言われてしまったんです。とても恥ずかしくて、「目立ったらいけないんだ」と傷つきました。
 世間に根付く目立つ子へのイメージがその子にその言葉を放たせ、受け入れないといけない雰囲気になった教室は、日本社会の縮図のようですよね。今なら、目立ちたい願望は悪いことではないし、向上心の顕われだと思えますが、幼い私は、それ以来目立つことが何より嫌になり、〈クール麦〉に変わりました。静かにはなったけど、心の中では全てに反発していたので、可愛いと称されるお洋服ではなく男の子のような恰好をしてみたり…。
 小学校では国語の読解力のテストが苦手でした。「どの考えが正しいでしょうか」という問いの選択肢に私の考えがないのに、なぜ答えを選ばないとならないんだと。だから、答えを選ばずに、自分の考えを書いてみたんです。×を覚悟していたのですが、担任の先生は〇ではないけど、これも正解だねと、点数をくださいました。
 その先生はよく、「連帯責任です」と言っていて。休み時間に男子はドッジボール、女子は大縄跳びで遊んでいて、ボールがなくなったら、クラス全体の問題だからと、授業を止めてクラス全員で探すんです。当事者だけではなく全体の問題にする、他人事ではなくて自分事にするという先生の考えを、猛烈に思い出したのは、西加奈子さんの長篇小説『夜が明ける』を読んだ時でした。

触れてはいけないという風潮がある状況に切り込んでいる作品

夜が明ける

夜が明ける

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 本作は、主人公の「俺」とアキこと深沢あきらの、思春期から33歳になるまでの日々を描いていて、貧困や虐待、過重労働といった重たいテーマがたくさん盛り込まれ、皆が心の片隅で思っていても言葉にできないこと、触れてはいけないという風潮がある状況に切り込んでいます。
アキは、幼少期に母親から充分に愛情をもらえず、虐待されていました。そして「俺」は大学卒業後、就職しましたが薄給で奨学金返済に苦しむようになり、アキは生活保護を考えるほどに困窮していきます。西さんは苛烈な状況にいるのに声を上げられない彼らに、「助けを求めていい」「戦争している国もあるのに、この程度の辛さなんて、私は恵まれているんだからがんばらなきゃならない。それは違うよ、状況はそれぞれだけどあなたも頑張って生きてるよ」と語っているような気がします。
 西さんが本書で描いているのは、日本社会そのものだと思います。登場人物たちが置かれている状況はそれぞれ社会の縮図であり、この世の中を作っているのは社会の上位にいる人たちだと訴えています。「俺」たちがどれほどがむしゃらに働いても、理解ある人が社会の上部にいないと、この構図は変わらない。そのことを伝えるために、西さんはラストで再び、政治家という立ち位置のあんべたくまを登場させたのかもしれません。