『孤高のリアリズム-戸嶋靖昌の芸術-』執行草舟著

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『孤高のリアリズム-戸嶋靖昌の芸術-』執行草舟著

[レビュアー] 桑原聡(産経新聞社 文化部編集委員)

■「供物」としての芸術

 昨年11月、スペイン大使館のホールである画家の個展が開催され、反時代的とも言うべき暗く重い作品の数々は、足を運んだ美術関係者に強い衝撃を与えた。「こんなすごい画家がいたのか!」と。

 画家の名は戸嶋靖昌(1934~2006年)。武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)で絵画と彫刻を学び、67年に麻生三郎の推薦で銀座のサヱグサ画廊で個展を開き将来を大いに嘱望された。しかし、70年の三島由紀夫自決事件に魂を揺さぶられるような衝撃を受けた戸嶋は74年、商業的成功の可能性を捨ててスペインに渡る。以後何度かの一時帰国をはさみながら98年までグラナダを拠点に周辺の人物や風景を描き続けた。

 本書は、これまでほとんど顧みられることのなかった戸嶋芸術に捧(ささ)げられたオマージュであり、同時に戸嶋研究の土台を提供する試みである。著者の執行草舟(しぎょう・そうしゅう)氏は、妻の死をきっかけに帰国した戸嶋にアトリエを提供して創作活動を支援、友として肖像画のモデルにもなり、没後はすべての作品を譲り受けて戸嶋靖昌記念館を創設した人物だ。

 4部構成の本書の第1部では読者が戸嶋芸術の本質を直観的につかめるよう、作品138点をカラーで掲載、それぞれに戸嶋の言葉や執行氏の詩歌や短文を付す。第2部では晩年の戸嶋の言葉を踏まえた執行氏の渾身(こんしん)の戸嶋芸術論が展開される。いわく《「目は、描かないで描く」と戸嶋は言っていた。生命の奥にある「存在としての目」が、戸嶋の描こうとする目なのだ》《「芸術とは、深淵(しんえん)との対話である」と戸嶋は言っていた。深淵とは、生命の悲哀を言っている》《戸嶋は、いつでも生命の悲哀から発せられる、幽(かす)かな揺らぎを見つめ続けていた。それが、戸嶋芸術を特別な「供物(くぶつ)」に仕立て上げているのだろう》…。戸嶋のリアリズムとは、対象を見つめ、その奥にある高貴な魂を探し出し描くことなのだ。

 第3部は正統の美術史の文脈に戸嶋を位置づける、小池寿子氏の精緻な論考、第4部は徹底した調査に基づいた詳細な年譜となっている。紛れもない労作である。(講談社エディトリアル・5000円+税)

 評・桑原聡(文化部編集委員)

産経新聞
2016年4月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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