【聞きたい。】田澤耕さん 『カタルーニャ語 小さなことば 僕の人生』
[文] 桑原聡(産経新聞社 文化部編集委員)
■「自分たちの言語」復活の営み
スペイン北東部カタルーニャ州と日本の間に、橋を懸けようと奔走する人生だった。日本初のカタルーニャ語辞典を編纂(へんさん)し、カタルーニャ語で書かれた文学作品を紹介した。
本書は、銀行員からカタルーニャの専門家となった田澤さんの自伝であり、〈カタルーニャ学事始め〉とでもいうべきものだ。
「言語人口が600万人という〈小さなことば〉ゆえ、日本には専門的にやる人がいませんでした。それが幸いして、カタルーニャに関するさまざまな分野の仕事を手掛けることができました」
外国語を学習する際にビジネスに役立つかどうかを重視する風潮に対し、「ことばは役に立つから偉いというものではない」と異議を唱える。背景にある文化に魅力を感じ、より深く味わいたいという欲求こそが大切だと主張する。
カタルーニャ語はフランコ政権時代に禁じられ、人々は公の場ではスペイン語の使用を強制された。その歴史に引き込まれて言語社会学研究の道へ。
「カタルーニャの場合、言語社会学は机上の研究ではありません。自分たちの言語をいかにして復活、発展させてゆくかを模索する、切実な営みなんです」。この視点が、軽やかな筆致で書かれた本書に厚みを加えている。
「日本国憲法には日本の公用語が日本語だとはどこにも書いていないでしょう」。他の言語を強制されたことのない日本人にとって、この指摘は新鮮だ。
現在はカタルーニャに滞在中。がんで余命を宣告され、残された時間を考えたとき、真っ先に浮かんだのは「カタルーニャで暮らしたい」という思いだった。インタビューはオンラインで行った。
「最後まで前向きに過ごすことができるのは、〈小さなことば〉に出会えたから。感謝しかありません」(左右社・2200円)
桑原聡
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【プロフィル】田澤耕
たざわ・こう 法政大名誉教授(カタルーニャ語・文化)。昭和28年、神奈川県生まれ。一橋大社会学部卒。バルセロナ大で博士号取得。著書に『物語カタルーニャの歴史』、訳書に『ダイヤモンド広場』など。