家族ほど厄介なものはない【自著を語る】

レビュー

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家裁調査官は見た

『家裁調査官は見た』

著者
村尾 泰弘 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/心理(学)
ISBN
9784106106767
発売日
2016/07/15
価格
778円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

家族ほど厄介なものはない【自著を語る】

[レビュアー] 村尾泰弘(立正大学社会福祉学部教授)

 本書にはいろいろな問題人物が登場する。突然夫を毛嫌いするようになり、離婚を申し立てたミサコ。当の夫には、心当たりすらない。自分をこよなく可愛がってくれる勤務先の社長夫人を、包丁で刺したタケオ。不思議な幻覚症状を語る薬物乱用少女マキコ。いい母親になりたいのに、気がつくと我が子をぶっているサエコ。

 一見異様な人々ばかりだが、その心の奥底は意外にも我々とそれほど変わらない。そう言ったら驚かれるのではないだろうか。

 筆者が彼らと出会ったのは、家族問題の「るつぼ」家庭裁判所である。十七年間、家庭裁判所調査官として勤務し、カウンセリングと調査を通じてそれぞれの問題解決を図ってきた。

 冒頭に挙げた人々は周囲を苦しめているが、同時に苦しんでもいる。大抵の場合、その原因は「家族のしがらみ」だった。このしがらみは、どんな家庭にも巣食うことのある怪物なのだ。

 筆者はその後、大学に転じてからも、個人やカウンセリングに従事し続けている。これまでの経験でつくづく感じるのは「家族が自分を縛る」と訴える人が非常に多いことだ。最近顕著なのは、母親にしがみつかれて悲鳴を上げる娘たち。娘といってもとっくに成人して子どもがいる場合も珍しくない。かつては息子のマザコンが話題になったが、時代は流れ、今では母―娘関係が個人に重くのしかかるようになっている。筆者はこの現象を「母が重たい症候群」と名付けたが、地べたをはうように苦しみを訴える女性のなんと多いことか。一方で、引きこもりに見られるように、声すら上げられない男性も多くいるはずだ。

 現代の家族が見せる光景は決して明るく微笑ましいものばかりではない。むしろ、家族は重く息苦しい場所になっている。

 本書ではこれまで出会った十八の家族の例を紹介しながら、「家族のしがらみ」の正体を解き明かしていく。筆者が特に力を込めたのは、しがらみからの脱却法だ。脱却するのは簡単ではない。何しろ相手は、切っても切れない家族だからだ。

 母親の重圧から逃れようとした女性がいた。母親の連絡にも応えず、敢えて冷たい態度を取り続けているうち、母親はあっけなく死んでしまう。そこからこの女性の新たな苦しみが始まった。母親への罪悪感だ。「あの時、あんな言い方をするのではなかった」「もし自分がこうしていたなら」……。死者から受ける苦しみの呪縛を彼女がいかに乗り越えたかは、ぜひ本書をお読み頂きたい。

 家族を論じた本でも、本書は世に言う「毒親もの」とは一線を画したつもりだ。老いた親に言いたいことをぶちまけ、毒づけば、すべて解決するほど人間の心は単純ではない。また本書を一読すれば、フロイト、ユング、家族療法、ナラティヴ・セラピー、臨床心理学の基礎知識も得られるはずだ。ぜひご賞味頂きたい。

新潮社 波
2016年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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