『インティマシー・コーディネーター』
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『インティマシー・コーディネーター 正義の味方じゃないけれど』西山ももこ著
[レビュアー] 宮内悠介(作家)
役者と監督 難儀な調整
「これほど若い人たちに、何かを伝えたくなるとはいままでは思ってもいなかった」と著者があとがきで語る本書。題にもなっているインティマシー・コーディネーター(以下IC)とは、映画やドラマで性的描写や身体の露出があるシーンにおいて、「俳優の同意のもと、安心して演じられる環境を整え、それと同時に監督など制作サイドの演出を最大限実現できるようにサポートする職業」のこと。このごろ頻繁に耳にするようになった印象があるが、本書が書かれた二〇二三年末時点では、日本にはまだ二人しかいないのだとか。
本のつくりとしては、まず著者の来しかたにはじまり、実際のICの仕事、それから問題意識や将来への展望と、三部構成になっている。勉強のために読むつもりで身構えていたら、著者の柔らかい語りかけるような口調のおかげで、すぐに引きこまれた。
ICと言えば、性加害やハラスメントから役者を守るヒーローというイメージがある。が、著者がくりかえし訴えるのが、ICは「正義の味方」ではないということ。心意気だけで務まる仕事ではないとも語られる。それというのも、ICという仕事は、役者の意向と制作側の意向を橋渡しする、いわば調整役。だから何かをジャッジしたり監視したりする立場にはないし、そしてまた、倫理意識だけでは立ち向かえない場面も多々あるということだ。
むろん、冷血な職業人というわけでもないだろう。そもそも高度な倫理意識がなければ、忖度(そんたく)なしの本音を役者から聞き出すことも難しいはずだからだ。そう考えると、なかなかに難儀な職である。著者自身は、ICは誰のためというよりは、「その作品のため」に存在しているのだと位置づけている。いずれにせよ、将来ICが当たり前の存在となり、「正義の味方ではない」と著者があえて念を押さずに済むような、そういう状況が訪れるのが望ましそうだ。(論創社、1980円)