和田徹 ビールこそ最高の酒である

レビュー

6
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究極にうまいクラフトビールをつくる

『究極にうまいクラフトビールをつくる』

著者
永井 隆 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103504917
発売日
2016/10/27
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

和田徹 ビールこそ最高の酒である

[レビュアー] 和田徹(スプリングバレーブルワリー代表取締役社長)

「世界平和のためにビールをつくっています」

 そう言うと、きょとんとされることが多いのですが、本気も本気、大真面目。いま「スプリングバレーブルワリー」で取り組んでいるクラフトビールはもちろん、わたしがキリンビール時代に開発した商品は「氷結」「淡麗」「キリンフリー」――いずれも新しい価値と幸せを生み出し、未来を良い方向へ変えたいという想いでつくったものばかりでした。

 キリンは「ビール愛」の強い会社です。ところが、わたしたちが愛してやまないビールは、悲しいかな、いつしか若者から興味があまり湧かない「オジサンの酒」と見られていました。ビールこそが無限の可能性を持つ最高の酒だと信じる者にとっては由々しき事態です。究極にうまいビールを、つくったその場で味わってもらう店を出し、ビールがもつ本当の価値を世の中に発信しなければ……。では、究極のビールとは何か。ビール本来の姿である多種多様な特徴を出せるクラフトビールしか選択肢はありえませんでした。

 ここはビールの最先端を味わえるお店です。ワインやシャンパン、ウイスキー、リキュールのようなビールの広がりを感じさせるものもあるし、パクチーやイチジクを加味してカスタマイズすることもできる。ビールは「喉越しだけを味わうとりあえずの一杯」ではなく、「五感を総動員してずっと楽しめる最高のお酒」なんです。年間四十種類以上の実験的な限定ビールをつくる醸造所(ブルワリー)は世界でも珍しいです。

 お店に入ればすぐガラス製の透明な仕込み釜があります。普通は金属製なのですが、麦芽やホップがどうやってビールになるのか、その過程を見ていただきたくて特注しました。ここは開かれた醸造所(オープンなブルワリー)です。企業秘密はありません。他のブルワリーやお客さんから尋ねられたら、レシピも開示します。囲い込んで良いことなんて何もない。教え合って、それぞれがわくわくすることを追い求めて、進んでいけばいいんです。世の中を良くしていくのは、競争ではなく共創。わたしたちは、オープンなプラットフォームでビールの可能性を追求し、ビールの未来を創っていきたいと考えています。

 おかげさまで、開業してから一年半で目標を大きく超える延べ四十万人もの方々が足を運んでくださいました。スプリングバレーはキリンの社内ベンチャーなのですが、実は、社内で事業計画を通すのはかなり大変でした。

「ビール市場は巨大だ。ちょっとやそっとじゃびくともしない」

「新規事業より主力ブランドのてこ入れだろ」

 ビールの消費量が二十年以上も減り続け、キリンの業績も振るわないのに、市場を静的(スタティック)に見過ぎているのです。でも、人の好みはいとも簡単に変わる。わたしは海外の例や消費者の声などからクラフトビールの時代の到来を確信していましたが、社内を説得する際、「未来の市場変化を定量的に証明できない」というジレンマに直面しました。

 そこでどうしたか。わたしがとった行動は、変わった後のキリンの姿、未来のビール市場の輪郭を示す話し込みを愚直に続けることでした。そして、誰の心にもあるはずの情熱、ロマン、願望、モチベーションに訴えかけ、彼らのハートに火をつけていったのです。一年ほどにわたって話し込みを続けた結果、役員が「クラフトビールをやる以外にキリンは何をやるんだ」と言ってくれたときの嬉しさといったら! 前述したように、キリンは「ビール愛」のとても強い会社です。だから、いったん火がつくと回りは早くて、キリン本体でも「47都道府県の一番搾り」といったクラフト的な動きが出てきています。

「なあ和田、創造的破壊やで。仕事はそれに尽きる」

「自分に恥じない仕事をしろよ」

 いまも胸にあるのは尊敬する上司、前田仁さんの言葉です。「一番搾り」をつくった前田さんは、わたしをキリンビールに導いてくれた人でもあります。永井隆さんは本書で、メーカーのあり方を変えようとする信念だけでなく、世代を超えて人と人とを結ぶ縁を描き出してくれました。十年後、二十年後に向けて、自分に恥じない仕事を続けようと思います。

新潮社 波
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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