<書評>『ハリケーンの季節』フェルナンダ・メルチョール 著

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ハリケーンの季節

『ハリケーンの季節』

著者
フェルナンダ・メルチョール [著]/宇野 和美 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152102904
発売日
2023/12/20
価格
3,410円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『ハリケーンの季節』フェルナンダ・メルチョール 著

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

◆弱者が弱者を虐げる戦慄

 メキシコの架空の村ラ・マトサ。その用水路で、<魔女>の惨殺死体が発見される。なぜ魔女と呼ばれていたのか。なぜ殺されたのか。フェルナンダ・メルチョールの本書は、複数の視点からその謎に迫る中、弱者が弱者を虐げる救いのない世界をあぶり出す戦慄(せんりつ)的な小説だ。

 ヤクと酒びたりのろくでなしのくせに、祖母から溺愛されている従弟のルイスミを憎むジェセニア。ルイスミの義理の父ムンラ。継父に妊娠させられ自殺しようと家出をするものの、ルイスミに拾われた13歳のノルマ。ルイスミの悪い仲間の1人ブランド。この4人を視点人物に据え、同じエピソードを繰り返し描くことでその全貌を明らかにしていくという技術点の高い語り口で物語は展開していく。

 15歳でルイスミを産み、相手の男マウリリオの母親に育児を押しつけたチャベラ。好き放題ふるまった挙げ句、刑務所でうつされた病で死んでしまったマウリリオ。長男マウリリオとその息子ルイスミばかりを贔屓(ひいき)し、孫娘たちにはつらくあたる祖母。まだ12歳のノルマに、あたかも彼女がそれを望んでいたかのように誘導して性加害を繰り返した継父のペペ。ホモセクシュアルを侮蔑し嫌悪を示すことで、自分のルイスミに向ける欲望には蓋(ふた)をするブランド。

 この小説に登場する加害者たちは、裕福でもなければ権力者でもない。むしろ社会的弱者だ。そんな弱者たちが、自分よりも弱い立場にある者を虐待する。その被害者の最たる存在が魔女なのである。

 男に酷(ひど)い目にあわされている村の女たちや娼婦の話を聞いてやり、無料で薬を煎じてやっていた魔女。それは自分自身がまともな人間扱いをされず、虐げられる側の気持ちがよくわかるからなのである。魔女の本当の姿が明らかになり、殺害の詳細が知らされる時、やるせない気持ちで胸が張り裂けそうになるのはわたしだけではないはずだ。

 つらいエピソードが多い物語だけれど、それを伝える声は美しい。出色の日本語に移し換えてくれた訳者・宇野和美の労も讃(たた)えたい一作だ。

(宇野和美訳 早川書房・3410円)

メキシコ・ベラクルス州出身の作家、ジャーナリスト。

◆もう一冊

『隣の家の少女』ジャック・ケッチャム著、金子浩訳(扶桑社海外文庫)

中日新聞 東京新聞
2024年4月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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