■4-7 他人とちゃんと話すのは大事

幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする

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前回のあらすじ

「掘り出すか?」「いや、これ相当でかいだろ。たぶん、業者とか頼んだほうがいいやつだ」わからないことが多すぎる。ただ、ここに埋まっているものがひとつの「答え」であるというのが、この手に伝わってきた気がした。

イラスト/土岐蔦子
イラスト/土岐蔦子

■4-7 他人とちゃんと話すのは大事

「それで結局、何が埋まっていたんだ? その遊水地には」
 文学部講師の高野たかのさんはそう言いながら、濃いめに入れた紅茶のカップをふたつ準備して、ひとつを俺に向けて差し出した。窓の外にはほんのり雪が舞っている。大学全体に眠そうな空気が漂っている、正月休み明けの日だった。
「えーと…話すと長くなりますが」
「わかってる。だから、ここに君の分のお茶菓子があるわけだ」
 竹製のお盆の中には、ゼミの学生がお土産に持ってきたという、全国各地の銘菓の群れが並べられていた。もしかしたらこの人は学生に人気なのかもしれない。
「ひとまずわかったのは、俺と西田にしだのふたりで掘り出せるものではない、ということでした。見えてる部分だけで1メートル以上ありましたし」
 俺はお茶をひと口だけ飲んで、話を続けた。
「なので、それっぽい業者を頼もうと思いまして、まず、土地の所有者を調べたんです。市役所に問い合わせて、謄本を取り寄せて…まあ、色々やりました。そうしたら、想定外のことが起きまして」
「想定外ねえ。そもそも想定があまりできないんだが」
 そう言って高野さんは少し考え出した。俺は黙ってうなぎパイの個包装をひとつ開けた。
「順当に考えると、その土地はもともと住宅地だったわけだから、住民の名義のはずだが」
「はい。それが想定の1です」
「ところが、そこら一帯の土地が、まるごと他人の所有になっていた。それがくだんの『埋蔵金を埋めた主』と目される資産家だった、ってわけか」
「それが想定の2です」
…ふむ」
 高野さんはそう言って、それから少し怒ったような顔をした。
「君にとって想定外なことが、私にわかるわけないだろ」
 そんな声を上げるようなことなのか、と思いながらも俺は答えた。
谷原たにはら富子とみこ。つまり、俺のばあちゃんの土地だったんです」
「なるほどなあ」と高野さんはうなずいた。「とりあえず、他人の土地を無断で掘り返したという罪は免れたわけだ」
「ええ、まずそれは一安心でした。ばあちゃんに聞いてみたんですが、何の土地か覚えてないって言ってまして。もともと曾祖父があちこちに持っていた不動産を、去年死んだひいばあちゃん経由で相続したみたいですし。で、重機とかを手配してもらって、掘り返してみたわけですが」
「君は重機とかを手配できる大学生なのか?」
「それは俺自身も意外でしたよ。ばあちゃんに聞いたら、そういう知り合い結構いるから、って言われたんで」
 と言って、俺は自分のパソコンを開いた。JPEG画像が大量に入っているフォルダを開いて、端から順に高野さんに見せた。
「石碑、って言えばいいんですかね。コンクリートに埋め込まれてましたが」
 畳1枚ほどのコンクリートの板に、御影石のような黒い石が埋め込まれ、その中には行書体の文章が彫られていた。戦前の教養人らしいいかめしい文語体が使われていたが、つまるところ、
「我らの故郷でこのような惨劇を永久に繰り返さぬために、住宅地のこのあたりを取得し、治水のために供用する、昭和46年5月吉日、今野
 といった意味の内容だった。
「ふむ?」
 と高野さんは眼鏡を直した。
「これを見る限り、さっき私が言ったとおり、例の資産家が土地を買い占めたように見えるが」
「ええ。おそらく洪水の少し後に、川沿いの住宅地をまとめて買い占めたんでしょうね」
「それが、なぜ君のおばあちゃんの持ち物になってるんだ?」
「正確に言うと、遊水地全体がいくつもの区画に分けられて、名義がバラバラになっていたんですよ。たまたまこの石碑が埋まっていた場所が、ばあちゃんの土地だっただけで」
「ほう」
「それで、もしかしたら他にも似たような場所があるんじゃないか、って思いまして。ばあちゃん名義の不動産を片っ端から当たってみたんです」
「いい大学の冬休みの過ごし方だな」
「案の定、似たような防災設備があちこちに置かれていたんですよ。それも、どれもこれも細切れになって、いろんな人に分割されていました。おそらく今野勲の仲間か、そのあたりの人でしょうね。俺の曾祖父もそうなので」
 というと、高野さんは首をかしげた。
「いよいよ意味がわからないな。その資産家が私費で防災のための設備をこしらえたとして、それを皆に分割するとか、なぜそんな面倒なことをするんだ」
「それは俺も色々考えたんですが…まず、土地の持ち主をバラバラにしておいた方が、別の誰かに再買収されるのは防げる、というのがあるんじゃないですか。防災用に作った遊水地にビルでも建てられたら困りますので、細かく割って大勢にばら撒いたほうが、阻止はしやすい」
「にしたって、NPO法人を作るとか、もう少しまともなやり方があっただろう」
 高野さんは納得しかねる、という顔をした。俺も不動産の法律は詳しく知らないので、そんな感覚論がどれだけ通るのか判断がつかなかった。
「そうですね…もうひとつ考えたのは、おそらく、この今野勲という資産家は、自分が町に対して行った防災インフラの整備を、後世に記憶されたくなかったのではないか、と思いまして。なにしろ、息子である『喫茶モダン』の店主でさえ、そのことを知らなかったそうですので」
 だから、息子に遺産探しをされるという妙な事態になったわけだが。
「普通は、偉大な業績を残した人間は、後世に名前を残したがるものだがな」
「そのあたりは記録上のバイアスもあるでしょう。後世に名前を残さなかった人間は、後世から検出できませんから」
「それは確かにそうだ。ただ、その男のやり方はいくらなんでも異常だな。名声に興味がないというより、忘れられることに執心していた、と言ったほうがいいくらいだ」
「ええ。なんでそんなことをしたのか、考えてみたんですが…ひとつしか思いつきませんでした」
 ふむ、と言いながら、高野さんは食べ終えた菓子の包装をきれいに結んで、机の上に置いた。