■4-5 結局のところ、生者の目線に立った認識

幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする

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前回のあらすじ

「えーと、こんにちは、皆さん。よかったら、そこから出てきて、自分の目で、確かめてみませんか?」「豊くんに何か聞いてるわ。ええと…あんたは谷原先生の息子さんかの?って。清さんのことね」「曾孫です」

イラスト/土岐蔦子
イラスト/土岐蔦子

■4-5 結局のところ、生者の目線に立った認識

 3人で縦1列に並んで、川の堤防をぞろぞろと歩いた。
 一番後ろを歩くハルさんは、ちらちら背後を振り返るものの何も言わないので、その前を歩く俺がしばしば、
「霊たちはついて来ているんですか?」
 とか、
「何か言ってるんですか?」
 とかいったことを、ひそひそ声で確認しなければならなかった。形式上は俺が霊を説得したことになっているので、俺が霊の話を聞こえないのでは、霊にとって都合が悪いのだ。これも正確に言えば「ハルさんの考える霊」の都合だ。
「ついて来てはいるわ。お父さんひとりだけだけど」
 と、ハルさんは着物の袖で口元を隠して、俺の耳にそう返した。
「まだ話ができる感じじゃないわ。納得していないから」
「安全さを納得していただければ、意思疎通が可能になるんですか?」
「ええ。ゆたかくんだって、今まさに死にそうな時に、会話なんてできないでしょう? 彼らは、今まさに死んだ人だから」
 そのルールは把握していたし、だからこそ俺は彼らの説得を試みたわけだが、町の安全と彼らとの意思疎通がどうつながるのかは、相変わらず理解できずにいた。何十年も前に家族もろとも死んでしまった彼らに、いまさら「町が安全になった」と言ったところで、それが慰めになるものなのだろうか。
 そういうのは結局のところ、生者の目線に立った認識なのではないだろうか、と俺はふと気がついた。
 病気で死んだ者がいれば、生者はそれを治す薬を求める。事故で死んだ者がいれば、生者は安全な車を求める。洪水で死んだ者がいれば、生者は管理された河川を求める。そうした生者の欲求を死者に代弁させ、社会の進歩を促すために、「幽霊」というシステムが考案されたのではないだろうか? ハルさんに、あるいは、その祖先の誰かによって。
 いや、おそらくハルさんたちはそんなことを考えてはいない。彼女は純粋に幽霊を信じているのだ。だが、結果的にそれが有益であるために、各時代の有力者たちがそのパトロンを担ってきたのではないだろうか。あの今野氏に代表されるように。
 俺とハルさんが話をしているので、必然的に先頭を歩くのは西田にしだとなった。この状況を一番理解していないであろう彼は、それを特に気にする様子もなく、ひょうひょうと堤防の上を進んでいた。なにしろ「埋蔵金探し」という雲を掴むような話で思春期を過ごした男なのだ。不明瞭な目的のために足を動かす、ということに体が馴染んでいる。
「おい、豊」
 と、ちょいちょい振り返っては、俺のほうに話を振ってきた。
「ほら、あのへんは土の斜面だったろ。おれ幼稚園の頃、あそこでシートで滑り降りたことあるから」
 と、ほぼ垂直のコンクリートで埋められた崖を指した。西田の地図でも同じ垂直面になっていたので、おそらく小6の時点で工事は完了していたのだろう。そこが斜面だった時代を思い出そうとしてみたが、その映像はまったく浮かんでこなかった。
 自分から提案しておきながら、自分がこの場にいるのがひどく不自然な気がした。そしてそれが正解のはずだった。俺がいるのが自然な場所は、俺が探している場所ではないはずなのだ。
 かつての川に流された家族、というイメージを見ている霊媒師のハルさん、を演じている鵜沼うぬまモモコ、の話を聞いた俺、から概要を伝え聞いた西田、というひどい伝言ゲーム構造だった。
 そうして10分ほど歩いただろうか。ハルさんが俺の肩をとんとんと叩いて、
「豊くん、止まって」
 と告げた。何かを咎めだてするような、妙に鋭い声だった。